いわくつき

 この話はふらりと寄った、ある骨董屋で店主から聞いた話だ。


 それは商品の一つである少し古びた電卓に関する話であり、また、下記の内容は当時の目撃者によって再現された口調をそのままに再現したものである…らしい。


 


 ──や、元気?ごめんね急にランチ誘っちゃって。ここいい喫茶店でしょ?


 いやね、ちょっと最近面白いことがあってさー、誰かに話そうと思って。


 …で、早速その話なんだけど。この前私さ、骨董屋で不思議な電卓を買ったのよ。…これがその電卓でさ。見た目はちょっといかつくて、変なアンテナがついてるでしょ?


 それとこれ、数字を打ち込もうとしても打ち込めないのよね。いや打ち込めはするんだけど、数字は出てこない。代わりにアルファベットが出てくるの。


 …そうそう、スマホの打ち込み方と同じ感じ。例えば「1」を一回押すと「A」、二回押すと「B」で、三回押すと「C」になって、もう一回押すとまた「A」に戻る。


 1〜9までの数字が全部そういう風に対応してて、全アルファベットが打てるのよ。ただ0だけは特殊で、一回押すといわゆる「enterキー」の役割で、二回連続で押すとその文字を削除する。


 長々と説明しちゃったけども、要するにこの電卓は文字が打てる電卓なの。


 で、何で私がこんな変な電卓を買ったのかって言うと、一種の反骨精神みたいなものでね?骨董屋で商品を物色してたら、店の主人から「この電卓は持ったものは死を遂げるという逸話が…」みたいなこと言われたのよ。


 ……んなわけないじゃない!絵や宝石なら「美しさを求めて争いが起きたのかな」なんて思うけど、これ電卓よ?もしこれをどうしても欲しいって言う人がいたなら、私、喜んで譲るもの。


 ね、そうでしょ?まったく、骨董品ってのは何に対してもを付ければいいと思ってんだから、嫌んなっちゃうわよ。


 それで私、店主に言ってやったの。


 「そんなわけないじゃない!たかが電卓で!」


 って。そしたら向こう、ムキになっちゃったみたいで


 「そんなことあるんですよ!なら試しに、この電卓を持ち歩いてみますか?もちろん、お代は結構。その間に何にも無かったら、この商品分のお代をこちらから貴方に差し上げますよ。ただし、何か不幸があったら買うにせよ買わないにせよ、こっちにお金を払うこと。期間は…3日間でどうでしょう」


 って。私、別にお金なんか欲しくなかったけど、ここにきて引き下がるのも面白くないじゃない?だからいいわよって一言返事して、これを持ち歩くことになったのよ。


 ね、何かちょっと非日常的で面白くない?それで今日3日目なのよ。やっぱり、何も起こってないわ。


 それにしてもこの電卓、結局どう使うのかしらね。適当な名前でも打ちこんでみようかしら。例えば…そうね、これはどうかしら「織田信長」っと…で、イコールを押すと…あら?何かしら。数字が出てきたわ。「1582」?うーん、なんでしょう。


 「豊臣秀吉」はどうかしら。…「1598」?「徳川家康」は?…「1616」……どうもピンとこないわね。私の名前も入れてみようかしら。


 えーと、これで……。よし、出たわ!私は「1996」よ!…え?1996?なんだか今年の年号みたいね。


 もしかして、さっき出たのも何か年号なのかしら。ちょっと調べてみるわね。織田信長は1582、豊臣秀吉、1598年。徳川家康は…1616年だったわね。


 …えっ、やだあ!これ全部没年じゃないの!死んだ年を表す電卓なんて気味が悪いわ!…待って、じゃあ、私の1996って…。



 

 ──その時、彼女が座っている席近く、道路に面した窓へ石が投げ込まれ、パリーンっと音を立て窓ガラスが割れたという。


 幸い彼女や他の店員、客に怪我は無かったが、状況が状況の中で起きた出来事だったので、彼女は恐怖に顔を歪ませ、友人とのランチを早々に切り上げて、骨董屋へ電卓を返しに行ったのであった。


 さてここからは骨董屋店主の息子(つまり現骨董屋の主人)が記憶していた、骨董屋と購入者の女性による会話内容…と、彼は言っていた。




 「骨董屋さん、私が間違ってました。やっぱり、どんなものでもいわくが付いてるものはダメだわ。私、危ない目にあったんです」


 「そうですか!いや、あの時は勢いで言ってしまったのですが、実は私も半信半疑だったんですよ。しかし、そういうことが本当に起きるんですね。ではお代をいただきますが、よろしいですね?」


 「ええ。お金を払うだけでこの不気味な電卓とおさらばできるなら、それでいいですわ。でも、私、今年で死ぬかもしれません」


 「おや、そりゃまたどうして」


 「だって、電卓に出た年数が、今年だったんですもの。これ、死ぬ年数を表す電卓ですよね?」


 「何を仰る!これは数字をアルファベットに置き換えた特殊な計算機ってだけで、そんな大それた機能ありませんよ」


 「ですが、本当に…」


 「なら、あなたのお名前をお教えください。いま目の前で打ち込んで見てみますから」


 「ナカジマ レイコです」


 「ナカジマ レイコっと…ほら、デタラメな数字ですよ」


 「……本当だわ、4桁ですらない」


 「でしょう?おそらく、恐怖で幻覚でもみたんじゃないですかね」


 「そんなはずは…」


 「ま、とにかくお代はいただきますよ」


 「はぁ…」


 (ここで女性は代金を払い、帰宅。)


 「それにしても何を見たのかなあの人。あるはずもない事を。ほら、俺の名前を打ち込んでみたって……あれ、『1996』って出たぞ。壊れてるのかなぁ、これ」




 ──後日、この女性と骨董屋の店主は亡くなった。しかも偶然なのか運命なのか、それぞれが運転した車同士の衝突事故による死だ。


 しかも現場は見晴らしのよい交差点で事故が起こる筈もない場所なのだが、何故かどちらの車もブレーキをかけた形跡がなく、猛スピードでぶつかり合ったのである。


 これを電卓のせいと判断するか、それとも普通の事故と考えるかは人によって変わるだろう。


 …ちなみに私は、骨董屋の店主に話を聞かされたあとこの電卓を勧められたが、丁重にお断りした。


 なんせそれが事実にしろ嘘にしろ、いわく付きというのは大抵、話の見えない場所にロクなことが絡んでいないからだ。


 だからこそ、骨董品というのは人を惹きつける魅力を持っているのではあるが──。




 ──くそっ、また客に逃げられちまったよ。あんな電卓に適当な怪談をつけても儲かりゃしない。そもそも、1996年にどうやって簡単に年号を調べたんだよ。外に居たとしたら、昔の携帯じゃあ検索もままならないだろ。それに、唐突に織田信長なんて電卓に打つかね。


 はぁ…この作り話は穴が多すぎたな。


 親父は同じような手口で相手に電卓持たせて、携帯にいたずら電話したり、虫の死骸を客のカバンに忍び込ませるとか、果てはあの話みたいに、店へ石の投げ込みなんてしてまで客をビビらせて金を受け取ってたけど、そもそも興味を持ってくれなきゃ商売にならんじゃないか。

 

 親父の死に方も交通事故なんて言ったけど、ホントは病死だしな。ま、急に死んじまったのは本当だし、嘘の内には入るまいよ。


 にしても親父も、この電卓が死ぬ年数を表すなんてデタラメ、よくもまあ思いついたよな。


 ほーれ、俺の名前打ち込んだって何にもなら…


 ……は?おいおい、何で2022って出てくんだよ。まさか本当に──




 ──私が店を出た直後、猛スピードで車が骨董屋に突っ込んだ。あとで聞いた話だが、店主は即死していたらしい。


 ほら、私の言った通りだ。つきというのは、やっぱりロクなものでは無い。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る