説教好きの説教による、説教の因果とまたその過程

 部屋の隅で震えている俺の事情を気にもしないで、玄関の扉をドンドンと叩くヤツがいる。


 「ここはボロアパートだ、そんなに激しく叩かれちゃ隣に響くだろ!」と、普段なら軽くドアを開けて叱っているところだが、今の俺は殺人を犯した身。ジッと嵐が過ぎ去るのを待つしかない。


 「すみませーん、ハシモトさん、いらっしゃいますかー?」


 聴こえてきたのは、知らない男の声だ。サツか?それとも、殺したアイツの仲間か?分からないが、どちらも俺にとって大差はない。結局、ドアを開けてはいけない存在なのだ。


 少しすると、声が止んだ。諦めたのだろうか?いいや、待ち伏せしているかもしれない、油断はできない。


 ──何でこんなことになっちまったんだろう。昨日までは普通の暮らしをしていたのに。普通に会社行って、普通に働いて、普通に呑みに行って。


 そうだ、あん時に呑んだのが間違いだったんだ。…俺は酒が入って気が大きくなってた。隣にうるさい輩の3人グループがいたもんだから、注意をしちゃったんだよ。…何でそんなことしちゃったんだろう。俺の説教癖が、ここぞとばかりに恨めしい。


 それで向こうが怒って。「表に出ろ」って決まり文句言われて、「いいだろう」って俺も外に出ちゃって。…おい俺、どうしてそこで引かなかったんだ!


 そしたら、裏の駐車場に連れてかれて3対1の喧嘩。案の定ボコボコにされて。「分かったかクソ親父!」って唾吐きかけられ、悔しかった俺は近くの石を持ち、輩たちの1人を殴って…そいつは血を流して倒れた。


 …俺よ……3人相手の時点で諦めろよ!あと何だよ悔しかったから石で殴るって!殴るんだったら素手でいけ!おかげでこっちはこんな迷惑してるんだぞ!


 段々、俺は昨日の俺に腹が立ってきた。こうなったら全部思い出して、昨日の俺に滅茶苦茶説教をしてやろう。


 で、倒れた相手はピクリとも動かなくなった。残りの2人は突然のことに慌てふためいて、そいつの名前を呼んでいたな。俺はまるで悪役を倒したような気分で、「次はどっちだ!」って言ってたな。


 …「次はどっちだ!」って何だよ!お前まだやる気だったのかよ!もう殴られまくってて、指で押されたら倒れるような状況だったろうが!調子に乗るな!!


 そしたら1人が「ケンカなんてやってる場合か!ケンちゃんの傷、かなり深えぞこれ!」って言ってきやがって。「…え、本当か?」と、俺は呑気に聞いた。


 …何呑気に聞いてんだ俺よ!謝るなり、救急車を手配するなりあるだろ!なんなら、残り2人をその隙に殴っちまってもよかっただろ!!


 それで、どくどくと血が止めどなく流れてて。2人が救急車を呼んだり、ケンちゃんとやらに呼びかけづける中、俺は怖くて逃げ出したんだ。だけどその時、免許証を落としちゃって。俺が逃げ出したのに気がついて、アイツら「お前、逃げるな!許さねーぞ!!」って叫んでたな…。


 …逃げ出すんじゃない俺よ!警察が来ても、正当防衛を主張するとかいろいろ手段があっただろ!それに免許証落としてるんじゃねーよ!逃げるんだったら自分だとバレないようにしろよ!それに目撃者も残すな!そいつら2人も、どうせなら殺しとけよ!!


 そして次の日…つまり今日、新聞で相手の男が死んだことを知った。その記事には、現場に落ちていた免許証から、犯人を調査をしていると書かれていて。俺は会社に行きかけだったのを引き返して、こうして家で震えているわけだ。


 …人殺しといて普通に会社向かおうとしてんじゃねーよ!もっと隠蔽工作とかアリバイ作りとか、会社行くよりもやることあるだろ!それに免許証が落ちてたってだけじゃねーか!調査の手は近くになっているかもしれないが、まだまだ足掻けはするだろ!家で震えてる場合じゃないだろ!


 ──ふぅ、なんだか説教して疲れた。だがストレス発散できたのか震えは止まって、やることが見えてきたな。こうなったら行けるところまで逃げてみるか。そう思うと、何だかワクワクしてきたぞ。鬼ごっこみたいだな。


 となれば、出張用のスーツケースに着替えをつめて金にパスポートにっと…


 ん…?誰だ、またドアを激しく叩いているヤツがいる。うるさいな、注意してやろう。


 「おい!近所迷惑だろ!うるさいぞ!」


 「そりゃすみませんね…どうも、警察です。ハシモトカズキさんですね?署までご同行願います」

 

 「あっ」


 「ところで…そちらの旅行カバンは何でしょうか。まさかとは思いますが…逃亡でも?」


 「いえこれはその、違うんです…」


 「言い訳は署で聞きますよ」


 はぁ…なんて馬鹿なことをしたんだ。こりゃあ後でまた、俺は俺に説教しなくちゃならないな…。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る