嘘つきが失ったもの
今の僕には、喉から手が出るほど欲しいものがある。それは来週発売される、とあるRPGの最新作だ。このRPGはシリーズ作品で、どの作品も練り込まれたシナリオと、
けれど小学生の僕は誕生日やクリスマスなどの記念日が無ければ、ゲームなんて高価なもの買って貰えない。
だから家のお手伝いをして、お小遣いをコツコツ貯めているんだけど、来週の発売日にはどうしてもあと少し足りないんだ。
そこでいい案を思いついた!早速、お母さんへと交渉を持ちかける。
「お母さん!」
「んー?どうしたの?」
「来週のテストで100点取ったら、お小遣いくれない?」
どうだ、完璧な作戦だ。丁度来週にテストがあって助かった。親というのは、「テスト」って言葉と「100点」って言葉に弱いんだ。
「…うーん、いいけど…。あんた100点取れるの?いつも50点とか60点じゃない」
「大丈夫!…それじゃ、約束だからね!」
よし、交渉は成功。…100点が取れるかって?馬鹿言っちゃいけないよお母さん。ゲームが欲しい子供の気持ちを舐めないでもらいたい。
翌日。僕は学校で、隣の席に座っているヒロシ君に深々と頭を下げていた。
「お願いヒロシ君!勉強を教えて!」
「ええっ?どうしたの急に?」
「実は…」
ヒロシ君はいつも90点以上を取る頭のいい子だ。彼に1週間色々教えて貰えれば、きっと100点も取れるよね!
「なるほど…じゃあテストまで毎日、勉強会しよっか!」
やった!ヒロシ君と約束して、この日から僕の家で勉強会を開くことになった!これでもう、100点は貰ったも同然!
2日後。うーん、今回のテストは社会だけど、暗記しなきゃいけないところがいっぱいありそうだ。気合いを入れて覚えるぞ!
…4日後。なかなか覚えられない。大丈夫かな。僕はどうしても、あのゲームが欲しいのに。
……6日後。駄目だ、自信がない。ヒロシ君は「絶対100点取れるよ!」って言うけど、本当にそうかな。不安だ。……明日はテストだ。明日で決まる…。
──テスト当日。暗い顔のまま、学校へと到着する。しかも最悪なことに、テストは1時間目。こんな時間割を作った先生が憎い。
「おはよう!…緊張してる?」
教室に入ると、ヒロシ君が僕のことを気にかけてくれた。
「おはよう。──緊張はしてる。けど、もうジタバタしてもしょうがないから」
僕は苦笑いを浮かべて挨拶を返す。でも本当は、ジタバタしたくてしょうがない。
朝のホームルームが終わり、休憩時間の5分ギリギリまで教科書とノートを読む。まだだ、まだ来ないでくれ!
願いも虚しく先生は時間通りに扉を開けて、教卓についた。
「テスト始めるぞー」
「がんばろうねっ」
小声でヒロシ君が声援を送ってくれた。あんなに勉強したんだ。いいか、100点を取るんだ!──自分の心に言い聞かせる。
「では、始めっ」
合図とともにテスト用紙をひっくり返す。…分かる…!解ける!勉強会の成果がちゃんと出ている!
しかし、スラスラと動いていた僕の鉛筆は、ある一箇所で止まってしまった。
「『天下分け目の戦』と呼ばれる、徳川家康率いる東軍が石田三成率いる西軍に勝利した戦いはなんでしょう?」
なんだっけ。覚えていたはずなのに、ど忘れしてしまった。くそう、思い出せない。一度飛ばして、他の問題を解く。
──残り時間5分。全て解き終えた。『天下分け目の戦』以外は。
分からない。なんでこれだけ。どうしよう、このままじゃゲームが買えない。いやだ、こんなに頑張ったんだ。どうにかして──。
その時、隣のヒロシ君の答案が目に入った。それは本当に偶然だったんだ。嘘じゃない、見ようとして見たわけじゃない。
そこには彼らしい綺麗な文字で、「関ヶ原の戦い」と書かれていた。
僕はゲームが欲しい一心で、答案用紙に鉛筆を走らせる。
「はーい、そこまでー!答案回収するぞ〜」
ほぼチャイムと同時に、先生がテストの終了を告げた。「えー」という声が何人かから上がったが、僕は自信満々に先生へと紙を渡す。
「ヒロシ君、いい感じだったよ!」
「あぁ…うん」
ヒロシ君の返事は、なんだか暗かった。まるで朝の僕と入れ替わったみたいだ。
「どうしたの?」
「ううん、なんでもないよ」
その日、僕は一人で帰った。
──翌日、5時間目。
「テスト返していくぞ〜」
今日最後の授業はテスト返し。ついに結果が出る。お願いだ、100点取れててくれ!
「はい次、アキラ〜」
僕だ。おそるおそる教卓にいる先生の元へと歩く。
「…アキラ」
「は、はい!」
先生が口を開き、ゾッとする。もしかして、カンニングしたのがバレたのだろうか。
「…今回よく頑張ったな、100点だ」
手渡されたテストには、大きな花丸がついていた。
「やったぁ!」
先生はニコニコと笑って僕を褒めてくれた。僕の考えは杞憂だったようだ。
「はいじゃあ次──」
僕はこれでもう、他の事はどうでも良くなった。目的を果たしたのだ。そうだ、帰りにヒロシ君にお礼を言おう。君のおかげで100点取れたって。
放課後。僕は帰り支度をしているヒロシ君に話しかけた。
「ありがとうヒロシ君!おかげで助かったよ!」
「……。」
何故だか、ヒロシ君はムスッとしている。
「どうしたの?」
「…君、僕の答えをカンニングしたよね」
「えっ……?」
彼の言葉に声が出せなくなる。バレてたんだ。彼は、僕が答えを写したのを知っていたんだ。
「君は『小早川秀秋』だよ。僕が石田三成だとしたらね」
『小早川秀秋』──その名前に胸が痛くなる。彼に教えてもらったから知ってる。小早川秀秋は裏切り者なんだ。石田三成の。
けれど、何も言い返せない。言い返す権利もない。だって正しいのは彼なんだ。自分の力で勝負せず、欲に負けて汚い手に走って、彼の気持ちを裏切ったのは僕なんだから。
「……」
「…さよなら」
そう言って、彼は教室から出ていった。僕の頭には「裏切り者」という言葉が無限に響いてて、追いかけることも、反論することもできずに、ただ後悔だけが胸に残っていた。
それはお母さんから約束通りお小遣いを貰っても、「すごいわね!」と褒められても変わらなかった。僕の心にはずっとモヤモヤが残っていて、きっとこの先の人生、このモヤが取れる事はないんだろう。
そうして手に入ったゲームは、最高に面白くなかった。
ゲームが面白くないんじゃない、僕が面白くない存在に成り下がったんだ。
──それに気づいて、僕はゆっくりとゲーム機のスイッチを切った。
"あぁ、なんてことをしてしまったんだろう。頼られて嬉しかった。目的も一緒だった。彼には言わなかったけど、僕も彼と同じような約束を親に取り付けていたんだ。親近感が湧いた。親友ができたと思った。
けれど浅ましい僕は、彼より点数が低かったからと、ありもしない疑いをかけ暴言を吐いた。彼は謂れもない罪を黙って聞いていた。
そんな困惑する彼を、僕はとことん罵倒した。ごめんよアキラ君。謝っても謝りきれない。僕は石田三成なんかじゃない。本当の裏切り者は、僕の方なんだ。"
ヒロシは薄暗い自分の部屋で何回も懺悔を繰り返した後、机の上に置いてあった豚の貯金箱を、思い切り金槌で壊した。
貯金箱の中身は空っぽだった。
彼の心も、空っぽだった。
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