4月3日

 おーい、そこの人!そう君だよ君。ちょっと俺の話を聞いてくれない?…いいじゃないか!どうせ終電を逃して暇なんだろ?暇潰しになるからさ、会話相手になってくれよ。…よーし、ありがとう。君なら聞いてくれると信じてたよ。それじゃ、ここに座って。


 早速だけどさ、俺の職業って何だと思う?え?占い師?唐突に話しかけてきたから?ははは、確かにドラマとかで突然話しかけるシーンあるよな。でも残念、正解は平凡なサラリーマンさ。…あぁ待って待って!ただの酔っ払いじゃないんだって!証拠にほら、息も酒臭くもないでしょ?焦んないでゆっくり話しを聞いてくれよ、きっと面白いはずだから!


 でね、俺は今日もスーツをビシッと着て髪も丁寧にセットして家を出てきたわけなんだけど──ん?今の格好は見窄みすぼらしいコート羽織った私服姿でボサボサの髪の毛じゃないかって?いいとこ突くね君ぃ、それが何故かってのも話聞けば分かるからさ、楽しみにしてて──で、勤めてる会社っていうのは某一流企業でさ、就職とかも結構努力して入ったんだよ。

 でもねえ、やっぱりどこの会社にも嫌なやつってのは居てさぁ。俺の場合はそれが直属の上司だったのよ。そいつはネチネチと嫌味をずぅっと言うタイプでさ。いや俺が仕事失敗したとかなら分かるよ?けどそうじゃなくて、成功した時もやれ「ここはもっとこう出来た」だの「俺ならもっと上手くやる」だの言ってくんのよ。そのくせ本人は言うだけ言って能力がないでやんの。ま、俺も大人だから何とか毎日耐えてたんだけどさ。

 ある日!ある日よ?俺が見事に成功させた案件を、あの野郎は全部自分の手柄にしやがった。今思うと俺も馬鹿だったんだけど、それを知った俺はついに堪忍袋の緒が切れて猛抗議の末に大喧嘩、最終的には俺が一発そいつに握り拳を喰らわせて、辞表を叩きつけるに至ったんだ。


 で、そしたら吹っ切れちゃってさ。どうでも良くなったというか、晴れ晴れしい気持ちっていうの?とにかくスッキリしたわけよ。んで、新しいことを何かやってみようって思って、人生で一度もやったことない競馬に手を出したりしてみて。コンビニで競馬新聞買って手堅く予想したんだけど、そう簡単にゃ当たらない。1番人気とか2番人気の馬券買ったらさ、人気最下位の馬が勝っちゃって。後から知ったんだけどそのレースは近年稀に見る大荒れ具合だったらしくてね。着順は「2-11-13」、今でも覚えてるよ。何せ「この3連単当てたら万馬券だった!」って騒いでたおっちゃんが競馬場に居たから。

 まあそんなこんなしてたら夜になったんで俺は家に帰って、明日からどうしようかと考え出した。けど考え始めるとどうにも後悔が出てきちゃって、「あぁ、何で俺はアイツを殴っちゃったんだろう。明日からどうしよう。」とか思っちゃうわけよ。「やり直せたらやり直したい」なんてね。でも取り返しはつかないわけだし、枕を涙で濡らすってわけじゃないけどそん時俺は不貞寝するしか無かったのよね。


 え?「ただの愚痴で面白くない?」そりゃそうさ、ここまでは前置き。ここからが本題なんだよ。

 ぐっすりと寝た俺が目覚めたのは朝6時。普段ならニュース番組を見て出社の用意するんだけど、もう辞めた俺には関係ない。テレビも付けず朝食をゆっくりと食べて、今日は家で過ごすかと考えていた。すると、8時くらいに誰かが電話してきた。見るとあのクソ上司からだ。1回目は出たくなくて無視したが、2回、3回と続くと出ないわけにもいかなかった。「…なんですか?」嫌々ながら出るとアイツは凄い剣幕で「おい!お前どこにいるんだ!!無断欠勤なんていい度胸してるな!!!」なんて言ってきやがった。売り言葉に買い言葉で俺もちょっとカッとなってさ、「何ですか、また殴られたいんですか!?」って言っちゃったんだけど、そしたらアイツはなんて言ったと思う?「お前に殴られたことなんてない!!」だってよ。笑っちまうよな?俺は昨日、確かにアイツのたるんだ頬をぶん殴ってやったのに。けど向こうは殴られてないの一点張りで、それどころか辞表も受け取ってないって言うんだ。埒が開かないから、俺は途中で携帯を切って、電源も落としちまった。

 しかし朝から嫌いな奴の声を聴いてどうも家でじっとする気が失せたんで、しょうがないから気晴らしにコンビニに出かけた。コンビニではなんの気なしに商品を見ていたんだけどさ、そしたら昨日買った競馬新聞が目についた。

 けど、妙なんだ。日刊のはずの新聞が、昨日と全く同じ記事を載せてるんだよ。俺はつい、顔見知りのおばちゃん店員に「おばちゃん、この新聞昨日のだよ」って伝えたら「何言ってんの、新聞は毎朝仕入れて変わってるわよ」って変な顔して返された。俺はこう見えて勘のいい方だから、すぐにおばちゃんに日付を確認したよ。そしたら案の定「そりゃ昨日の日付だよ。寝ぼけてんの?」と返された。やっぱりだ、俺は昨日をを繰り返している可能性が高い。だけどまだ、おばちゃんがたまたま日付を間違ってる可能性も、上司が惚けてる可能性も捨てきれない。何か、昨日しかなかったはずの出来事を証明できれば…!

 そん時ピンときた。「そうだ、競馬だ!同じレースが2日連続でやるはずはないし、何よりあのレースで「2-13-11」の3連単を当てられりゃあ、これは疑う余地がなくなる!ついでに大儲けもできる!」ってね。俺はダッシュで競馬場に向かって、今日のレースを確認すると──あった。昨日やっていたレースが今日も開催してる。正しくは今日も《•》じゃないんだが、とにかく俺は興奮気味に3連単の馬券を購入した。結果は……大当たり!1000円が10万に化けた。その後にはちゃんと、競馬場のおっちゃんが「この3連単当てたら〜」って騒いでいるのも確認した。「これでもう間違いない。俺は昨日を…いや、今日を繰り返したんだ!」そんときゃ喜びに打ち震えたさ。財布の中もホクホクで気分も良かったしな。そんで俺は、勝った金で飲み屋に行き、酒をかっ喰らい気持ちよーくなって、千鳥足で家に着くと倒れ込むように寝た。


 だけどこっからが問題だった。二日酔いでガンガンする頭に起こされた俺は、台所でコップに水を汲んで飲んだ。時刻を見ると8時前で、昨日より少し寝過ぎたようだった。「昨日の勝ち分の残りはまだあるから、今日は遊ぶか」なんて考えて財布を確認する。だけど、そこに昨日の残りは入ってなかった「あれ?酔ってるうちに盗られちまったのかな?」そう気楽に考えてたら携帯が鳴った。…嫌な予感はしたよ。けど出ないでそのまま放置ってわけにゃいかないし、名前を確認することにした。そこには──クソ上司の名前。じんわり冷や汗が出てくる。「いいや、まさかな。違う連絡をしにきたんだろう」俺は一縷いちるの望みを賭けて電話に出た。「…もしもし」声が震えちまう。頼む…頼む、頼む!!!心の中で叫んだ。


 けど、祈りは届かなかったよ。返ってきた言葉は「おい!お前どこにいるんだ!!無断欠勤なんていい度胸してるな!!!」だ。一言一句、勢いもアクセントも声量も何もかも変化無しにな。俺は急いで電話を切ってテレビをつけて、チャンネルを回して、回して回して、回して回して回して回して!!!!…でも、どの番組も日付は変わってなかった。もう分かるだろ?俺はに囚われちまった。明日にいけなくなっちまったんだよ。


 それからは色々した。本当に色々。まずは寝なければ大丈夫かもしれないと思って、寝ないようにしてみた。けれど必ず抗えない眠気が来て、絶対に日付を超える前には眠っちまう。次には仲間を作ろうと考えた。俺の事情を助けてくれる人を集めて何か知恵を貸してもらおうってな。けど一日じゃ限度があったし、記憶は俺以外引き継がないのがきつかった。何よりこんな話を信じるのはオカルト好きなやつか、怪しい宗教団体だけでなんの力にもならなかった。今度はきっかけを探した。例えば俺が上司を殴ったのがきっかけなら、殴らなければループは終わるんじゃないかって。…それも駄目だったけどな。最初と全く同じに行動するってのもやったよ。細かいことにも注意に注意をした。でも駄目だった。


 10回が100回になって、500回になって、1000回になって。段々、俺は気が触れてきた。何故俺以外の奴らは今日をこんなに繰り返してるのに気付かないんだ、なんでそんなに普段通りでいられるんだってね。孤独は俺に怒りを与えて、怒りは俺に悪魔の知恵を授けた。「どうせ今日が終われば、全ては元通りになる。だったら気に食わない奴ら全員、気の済むまで殺しちまおう」…分かってる、俺の思考は正常じゃなかった。だけど狂ってた俺はその日、それを実行に移したんだ。


 無差別に誰かを殺すことも出来たが、1番最初に殺すやつは心に決めていた。…そう、あの上司だよ。朝の電話で場所を確認して「休み時間に話したいことがある、手間は取らせない」って、無理言って近くの公園に呼び出した。アイツも俺の手柄奪った負い目ってのがちょっとはあったんだろうな。思いの外すんなりと承諾してくれたよ。電話が終わると、俺は家から包丁を持ち出して上司の元へと向かった。あとは簡単だった。背後から刺して、抵抗しようと振り向いたアイツの腹部にもう一刺し。ぐったりと力が無くなってきたアイツの顔に一刺し。そうしたら腹を掻っ捌いて腸を引きり出して、目玉をくり抜いて──ああ、すまん。刺激が強すぎたな。何人も殺して慣れちまったから、どのくらいセーブして話しゃいいのか分かんなくなっててさ。…察しの通り、俺は上司を殺すと今度は道行く奴らを襲った。見境なくね。

 

 「罪悪感は無いのか」って?あるよ。でも殺人をした瞬間には無かった。あん時の俺は純粋に殺戮を楽しんでたよ。子供の時にやっちゃいけないって親に言われたらやりたくならなかったか?あの気分だった。……そして、そこから地獄が始まった。無差別殺人して警察に捕まって留置所で頭冷やしてたら、脳が冷めてきてさ。俺はなんてことしたんだって。泣いて、もう死にたいって考えて。で、やっぱりこんなことしても強制的な眠気がやってきて眠ってさ。起きたら6時で、自分の部屋に戻ってた。テレビをつけて日付け確認したけど変わってなくて。でも俺、俺さ。8時になるまで怖くって。あんなに上司が嫌いだったのに、死んじまえって思ってたのに、生き返ってなかったらどうしようって、死んだままだったらどうしようってガタガタ震えて。恐怖のうちに8時になって、──携帯が、鳴ったんだよ。俺は急いで電話に出た。そしたら「おい!お前どこにいるんだ!!無断欠勤なんていい度胸してるな!!!」って大声。正直に言う、泣いちゃったよ。わあわあ泣きながら「ありがとうございます、ありがとうございます」って繰り返し言って。向こうは何のことか分からないから困惑しまくってたけど、俺はその声が嬉しくって嬉しくって。


 「とにかく元気なら会社に来い」って言われて通話が終わった後、俺は死のうと考えた。相手が生き返っても、俺の記憶は残ってる。刺した感覚は手に残ってる。この世の誰も知らなくても、俺の罪は俺がいる限り消えはしないんだ。

 俺は台所から、あの包丁を出して喉に当てた。「何人も殺したんだ、自分一人を殺すのに躊躇する筈はない」と思ったんだけど防衛本能ってやつなのか手が動かなくて。でも俺は殺した奴ら、刺した奴らのことを思い浮かべて死ぬべきだと決意して、ついに刃を押し込んだ。激しい痛みが襲ってくる。俺は醜くジタバタとして、最後は遠のく意識で襲った奴らに謝り続けた。俺は自殺に成功した。それで終わりになると考えていた。


 違かった。意識を手放した後、ハッ目が覚めると俺は部屋のベットに戻っていた。喉をさすると傷跡一つない。時刻は8時。電話が鳴る。上司から。…そうだ。俺の死も、今日の出来事なんだから戻ってしまうんだよ。俺は死すら逃げ道にできなくなった。飛び降り、首吊り、薬。何度やっても俺は生き返る。正しくは死んでないんだから、生き延びるかな?もう何でもいいか。


 結局、俺はもう何をしても無駄だと気づいて諦めた。それで今は今日の終わりにここに来て、俺は暇潰しに君に喋ってるってわけだ。


 え?「なんでこの話を君にしたか」って?そりゃ、君がこの話を聞いてくれるって知ってたからだよ。だって俺、ここで話聞いてくれる人を探したことがあるからね。

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