米軍の猛砲撃

「敵の砲撃! 止む気配がありません!」


 元山の地下司令部で電話から戦況報告を聞いた栗林だったが、聞かなくても、頭上から響いてくる音と振動で状況は把握していた。

 夕方頃から、米軍は日本軍陣地へ全面的な砲撃戦を行っていた。

 陸上のありとあらゆる火砲、榴弾砲や迫撃砲は勿論、戦車砲さえ使用し、陣地に打ち込んできていた。


「敵が進軍してくる様子は?」

「現在のところありません」


 幸いなことに、歩兵の進撃は今のところ無かった。

 だが別の場所で活発だった。


「海岸と沖合の船団を行き来する舟艇の数が増えています」


 夕方頃から沖合の船団と橋頭堡を行き来する舟艇の数が明らかに増えた。

 増援か補給物資を硫黄島に送り込んでいるのだろう。

 猛烈な砲撃と膨大な増強、総攻撃の全長だ。

 この熱烈な砲撃の後、恐らく、夜明け頃に米軍が総攻撃を行う事は確実だと栗林は予想していた。


「各指揮官、連隊長以上、大佐以上の者を呼んでください」


 栗林は、一つの決意を固め、指揮官達を召集した。


「暗いな」


 会議に使う予定の部屋、と言うより洞窟の区画を見て栗林は言った。


「申し訳ありません。燃料が不足しておりまして」


 副官が申し訳なさそうに言う。

 包囲されてから、一ヶ月以上、燃料がそこを尽きかけており、発電機を回すことさえ制限されていた。


「済まない。善光寺の戒壇巡りに比べれば十分明るい」


 栗林は自分の不明を詫びた。

 このような事にも気がつかないのは自分も疲れている証拠だった。

 やがて、召集された指揮官達が阿口の陣地から地下通路を通じて集まってきた。


「現在の砲撃は攻撃前準備射撃。翌朝、米軍の総攻撃があると見込まれます」


 全員が集まったところで栗林は現状と自分の予想を開陳した。

 反対の声は出なかった。皆同様の結論に達していた。


「それに対して、我々はあくまで初志貫徹。持久戦を展開します。各部隊は自分の陣地を死守して貰いたい」


 これも当初の作戦計画通りだった。

 そのために硫黄島全島を要塞化、地下陣地化して事前攻撃、特に艦砲射撃による被害を小さくし、米軍上陸開始後、長く交戦できるようにしたのだ。


「できる限り、損害を低減し、少しでも長く抵抗してください。しかし、最後には私自ら先頭に立ち突撃します」


 持久しても兵力は減りつづけており、次々と陣地を放棄していた。

 主抵抗線である元山陣地周辺もいずれ陣地を放棄しなければならない。

 そして最後、この司令部陣地に追い詰められた後、栗林は最初で最後の総攻撃をかける所存だった。


「皆、これまで苦しい戦局の中、よく戦ってくれた」


 栗林の言葉に誇張は無かった。

 僅か二万ほどの守備隊が、一千隻近い艦艇と十万の上陸兵力を相手に、何もない小島で戦い続けられたのは、奇跡と言って良かった。

 当初こそ、南方の摺鉢山と来たの元山地区の陣地を使い間に上陸した米軍を挟み撃ちにする作戦は功を奏した。

 米軍は狭い橋頭堡に押し込められ、大損害を受けた。

 幾度も摺鉢山を占領してもそのたびに奪回の兵力を送り、米軍と激戦を繰り広げた。

 だが多勢に無勢。

 戦闘が長引くにつれ、損害が増し摺鉢山へ送れる兵力は減少。

 砲撃の振動によるトンネルの陥没や米軍が入り口をコンクリートで埋めることが多くなり、トンネルまで流れ込み塞ぐ事例が続出。

 摺鉢山は放棄された。

 連合艦隊によるハワイ奇襲が成功しても、米軍は攻撃の手を緩めようとはしない。

 圧倒的な物量の為か米軍の攻撃は些かも衰えていなかった。

 ハワイから引き返して再出撃した連合艦隊の救援が硫黄島に迫ってきている。

 だが、マリアナの例からしても正面から米軍を叩き潰せる可能性は低い。

 だからこそ、硫黄島救援ではなくハワイを奇襲したのだ。

 それを栗林も納得している。

 自分たちが、生き残れる、補給路を断たれた米軍が撤退することに賭けたのだ。

 その賭けは失敗した。

 一ヶ月以上の戦闘で兵力は減少し弾薬は尽きかけており、組織的戦闘は出来そうもない。

 救援が来る前に玉砕の可能性が高く、最後の攻撃に出ざるを得ないだろう。

 そのことを確認し徹底するため各指揮官を呼んだ。

 そして玉砕する責任を守備隊指揮官である栗林は自分で取らなければならない。


「皆の奮戦に感謝します」


 ただ一言、言うだけだ。

 周囲を敵に囲まれ、弾薬食料どころか水も足りない部隊の指揮官に出来る事など感謝の言葉を述べるしか無かった。

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