硫黄島守備隊の怒り

「東京が空襲されているぞ!」


 三月一〇日夜の東京大空襲は硫黄島でも受信されていた。

 NHKの短波放送が空襲を伝えていたからだ。

 空襲の規模が大きすぎて隠すことは最早不可能であり、むしろ市街地への空襲を米軍おこなった事を非難するように日本側は言った。


「もっとも残酷、野蛮なアメリカ人」


 当時の首相である小磯国昭は放送で激しく非難したのをはじめ、ラジオは米軍を激しく非難した。

 特に指揮官のルメイはローマ皇帝ネロと比喩され


「東京の住宅街と商業街を囲む炎の海は、皇帝ネロによるローマ大火の大虐殺を彷彿とさせる」

「やりをったな、カーチス・ルメー」

「暴爆専門、下劣な敵将」

「嗜虐性精神異常者のお前は、焼ける東京の姿に舌舐めづりして狂喜してゐるに相違ない」

「われわれはどうあつてもこのルメーを叩つ斬らねばなるまい」


 とラジオ新聞で報道された。

 それは戦っている硫黄島でも受信され、兵士の多くが聞いた。

 特に衝撃的だったのが、第二目標とされた横浜市の被害だった。


「横浜も空襲を受けただと!」


 父島要塞守備隊から編成された小笠原兵団の補充担当は甲府連隊区なのだが、開戦直前まで神奈川県も範囲に入っていた。

 そのため横浜出身者が古参の下士官を中心に多数おり、故郷の空襲被害に衝撃を受けていた。


「仇を!」

「鬼畜米英に天誅を!」

「虐殺者を生かしておくな!」


 横浜出身者を中心に守備隊員達は怒髪天を突き、反撃を求めた。

 その熱気に当てられた一部の部隊が動いた。

 さすがに万歳突撃は行わなかったが、密かに米軍の陣地にトンネルから侵入し銃剣で突き刺すなどして奇襲を仕掛けた。

 無音で攻撃された米軍はなすすべがなかった。

 それどころか、不審な動きを見ると所構わず応射。

 他の米軍陣地を弾がかすめ日本軍の攻撃と思い込み、応射して壮絶な同士討ちに発展する事も多かった。

 なんとか、混乱を収めたが、日本軍に攻撃された陣地に赴くと、そこには身体を傷つけられ、一部切断された仲間の姿があった。

 日本軍への怒りが湧いたが、近くに血文字で書かれた英語の文章を見て、怯んだ。


 米軍の爆撃により虐殺された横浜東京市民に代わり天誅を下す


 勿論捕虜への虐待は国際法違反であり、日本軍の虐待行為だ。

 しかし、一兵士が報復行動に出るほど東京そして横浜への空襲は衝撃的で彼らの怒りを沸騰させるには十分だった。

 その日から硫黄島守備隊は再び激しく抵抗した。

 B29が大阪、名古屋へも空襲を行うと、B29が悠々と空襲に向かうのを見た守備隊隊員達は硫黄島を絶対に守り抜こう、B29を迎撃できるよう奪回しようと誓い、根強く抵抗した。

 その代償は、攻略中の海兵隊が損害として負うことになった。

 死傷者の数は更に増えている。

 しかも、B29が不時着してくると親の仇のように機体へ銃砲撃を浴びせてくる。

 かといって見捨てておくことは出来ず、救助に駆けつける事になる。

 当然損害は大きくなり、海兵隊員達に犠牲者が出る。

 最初こそは義務感から飛び出していったが、徐々に疫病神のように感じていった。

 おまけに彼らはすぐに島から出て行くことが出来る。

 B29の搭乗員は貴重だという理由でだ。

 彼らがやった蛮行のせいで自分たちが犠牲になっていることに海兵隊員達は納得出来なかった。

 その怒りが、リーチに向けられたのだ。


「いい、とにかく出ていってくれ。残られたら何をするか分からん」


 軍曹は吐き捨てると、それまでの失礼を詫びるようにおざなりな敬礼をしてリーチから離れた。

 その後リーチは沖合へ戻る揚陸艇とに乗り込み島から離れる。

 だが、揚陸艇の中は負傷した海兵隊員で一杯だった。

 自分たちが来たためにひどい目に遭っている事を考えると居心地が悪かったが、かといって何か話すことも出来なかった。

 自分は命令に従うだけの存在であり、命令があれば爆撃しに行かなければならない立場。

 拒否すれば、あるいは目的地に到着しないだけで軍法会議にかけられるそんな存在だ。


「また、飛ばなくてはならないかな」


 マリアナに戻ったら補充された機体に乗せられて、再び日本本土へ行くのかとリーチは思っていた。

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