ルーズベルト大統領の急死と混乱

「? 閣下?」


 異変に気がついたキングは尋ねたが、ルーズベルトの返事はなかった。

 ルーズベルトは一言も返さず前に倒れ込み机に突っ伏してしまう。


「閣下!」


 すぐにキングとマーシャルは駆け寄るが、ルーズベルトの意識はなかった。


「誰か医者を!」


 すぐさまホワイトハウス付きの医師が駆け寄りルーズベルトを診断した。

 五分ほど身体の各所を調べたが、首を横に振った。


「ダメです。お亡くなりになりました」

「どうしてだ。ポリオとは聞いていたが急死するような病気なのか」

「高血圧による脳卒中でしょう」

「高血圧?」

「はい、一年前から200mmHgを越えていましたが、今朝は300mmHgを越えていました」


 なぜ、とは言わなかったがキングには理由は感じ取れた。

 初代ジョージ・ワシントンに習って大統領職は二選までという慣習を非常時という理由で破って四選を果たしたルーズベルトは成果を、多大な戦果を求めていた。

 また、自身の健康不安、病気で指揮不能と判断されれば辞めさせられる、と考えていたフシがある。

 無理にでも指揮を執ろうとしたのだろう。

 結果的に命取りになってしまったが。


「興奮しないようにお伝えしたのだが、ダメだったか」

「そうか」


 医師はそのまま大統領を担架に乗せて、搬送していった。


「それでどうする」

「どうするとは?」

「作戦の継続か否かだ。その前に最高司令官を決めなければならないが」


 キングの言葉にマーシャル参謀総長は、気がついた。

 自分たちの最高司令官が亡くなったのだ。指揮権を継承しなければならない。


「……副大統領のトルーマン閣下が昇格してからだろう」

「馬鹿な、進撃が順調な欧州戦線はともかく、硫黄島は日本艦隊がいつ来るか分からない状況なんだぞ」


 マーシャルはの意見は最もだったがキングには暢気な意見に聞こえた。


「すぐにでも撤退しなければ我々は後ろを突かれ大損害を受けかねない。第一、ハワイが機能不全で補給が機能していない」


 しかも日本機動部隊の徹底した攻撃により沖縄攻略の為にハワイ周辺に集結していた船団が全滅していた。

 硫黄島攻略部隊へ物資を融通する事さえ難しい。


「今撤退しなければ危険だ。このままでは艦艇も飛行機も動かせないどころか、餓死者が出かねない」

「硫黄島を攻略するかどうかは我々ではなく最高司令官の専権事項になっている。許可が無い限り撤退する事は出来ないだろう」

「今日明日にも攻撃があるかもしれないのだぞ」

「だからといって命令違反は出来ない。我々に出来るのは命令遂行と、攻撃がないことを祈ることしかないな」


 机に拳を叩き付けるキングをマーシャルは苦虫を噛みつぶしながら見ていた。

 陸軍も航空隊に日本空襲の命令が下っている。

 予想以上の損害で一時作戦を中止しようか検討していたくらいだ。

 だが東京空襲の成功で機をよくした大統領が大阪、名古屋への空襲も命じてしまった。

 命令を受けたからには攻撃しなければならない。

 それが、星条旗に忠誠を誓った合衆国軍人の義務だった。

 例え、今は死人となった人物が命じた命令であっても。

 発令者が死んだからと言って遂行されない事があっては、既にいない建国の父達が作った合衆国など存在しないことになるのだから。


「因果な商売だ」


 ルーズベルトの死によって硫黄島攻略作戦の再考には、数日かかるだろう。

 トルーマンが大統領となるのは本日中に出来るハズだ。

 継承順位も緊急時の手順も法律に書いてあり、司法長官を前に聖書に手を置き宣誓すれば大統領に就任出来る。

 だが人間は、誰でもすぐにその地位に相応しい仕事が出来るわけではない。

 トルーマンが大統領として現状を把握し、的確な命令を下せるようになるまでどれだけの時間が掛かるか。

 善良な人として政治家となり、副大統領となったトルーマンとルーズベルトは正反対の性格であり、すぐに指揮を執れというのは無理だ。

 だが、トルーマンは大統領になってしまった。

 この厳しい状況下で舵取りをしなければならない。

 ドイツが降伏間近で日本も追い詰められている中、ソ連と英国を抑えつつ合衆国の立ち位置を確保する必要があるのだ。

 その方針を決めなければ、硫黄島をどうするか、日本本土爆撃をどうするかなど決められないだろう。


「暫くは血が流れるな」


 マーシャルは嘆き呟いき、その懸念は現実の物となった。


「私の肩にアメリカのトップとしての重荷がのしかかってきた。第一私は戦争の詳細について聞かされていないし、外交にもまだ自信が無い。軍が私をどう見ているのか心配だ」


 就任初日にトルーマンはそう日記に書き残している

 副大統領だが、ミズーリ州の高卒であり、誠実さから副大統領になったトルーマンは重要視されていない。

 秘匿事項の多く、マンハッタン計画、ヤルタ会談の密約などは一切教えられていない。

 一応戦前に軍事費不正使用調査、通称トルーマン委員会を率いて150億ドルの浪費を抑えられた評価は高い。

 だが実戦、それも最高司令官、大統領となると話は別だ。

 トルーマンは戦争の詳細は聞かされていないし、外交経験も無い。

 それどころかルーズベルト大統領とは一度しか会っていない。

 何の情報も無く、複雑なゲームをいきなりやらされているような状況にトルーマンは陥ったのだ。

 作戦の報告書と決裁を求めに行っても、戦争の進捗整理と外交関係で手一杯だったため


「報告書を見るのは嫌いだ」


 といってマンハッタン計画の開発にさえ興味を抱かなかった。

 まして日本本土空襲と硫黄島攻略作戦に関してはいわずもがな、であった。

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