飛行第二四四戦隊 和田中尉4

「よし撃墜だ!」


 B29に命中弾を与えた和田は叫んだ。

 主翼の付け根と、コックピットに大穴が開いたのを確認した。

 付け根から炎上し、機体が傾き落ちていく。


「もう一機いるな」


 火災に照らされて浮かび上がるB29に向かって旋回する。

 だが、発生した煙に遮られB29を見失う。

 火災の光になれた目では闇夜から見つける事は出来なかった。


「畜生! 何処にいやがる」


 見失っても新たな獲物を和田は探した。


「いた!」


 西に向かうB29を見つけ、追撃する。

 向こうも和田の機体に気が付いて尾部の機銃が発砲する。


「おっと」


 和田は、射線から逃れるように機体を動かした。

 同時にB29の異常に気が付いた。


「こいつら上部の機銃から撃ってこない。いや、機銃座が無いのか。舐めやがって」


 この日のB29は爆弾、焼夷弾を多く搭載するため尾部を除いて機銃座を撤去していたのだ。


「ならこのまま上面から攻撃する!」


 尾部しか機銃座が無いのなら上方から攻撃すれば良い。

 面積も広いし攻撃しやすい。

 和田は慎重に、右後方からB29の主翼付け根を狙う。


「食らえ!」


 照準を合わせると和田は引き金を引いた。

 しかし、撃った瞬間B29は機敏に機体を左に傾かせ回避した。


「クソ機敏に動きやがっ……てっ!」


 悪態を吐いたが、次の瞬間和田は絶句した。

 左へ機体を傾け回避したB29がさらに傾き続け、垂直になっても止まらず、そのまま背面飛行をした。


「B公はこんなに機敏なのか」


 B29の動きに和田は絶句したが、彼らも望んで行った動きではなかった。


「なんだ。きりもみを始めたぞ」


 火災によって起きた上昇気流により、機体が煽られ、制御不能になった。

 それは和田の機体も同様だった。


「うおっ」


 上下左右に揺れる機体を制御することに意識を集中することとなり、僚機とも離れてしまった。

 左右を見ても僚機の姿はいない。

 代わりに、新たなB29を見つけ、食い付いた。


「落ちろ!」


 上方から主翼の付け根を狙う。

 配管類が集まり、油圧系統や燃料配管があり、防弾に優れたB29でもここが弱点だった。

 数発の二〇ミリが命中すると、たちまちの内に火が点き、炎上を起こす。

 漏れた燃料で延焼したのかエンジンが一発、火を吹いた。

 B29は高度を下げ、落ちていった。


「もっとだ!」


 新たな獲物を探して和田は、周りを見て追いかける。

 だが、和田の機体に気が付いたB29は旋回して逃げ出す。


「この野郎! 逃がすか!」


 市街地に爆弾を落として逃げていくB29に怒鳴るが、投弾を終えたB29は速く追いつけない。

 煙に紛れて逃げようとするが和田は必死に食らいつく。東京湾に出て行くと、遠距離から銃撃を浴びせる。


「畜生! 弾切れか!」


 何度も引き金を引いても弾が出なくなった。

 燃料も、フルスロットルで飛んでいたため心ともなかった。


「一度もどるか」


 機体を翻し、調布へ向かう。

 誘導灯を見つけると、和田は荒々しく着陸し、そのまま格納庫近くまで走らせる。


「燃料弾薬の補充急げ!」


 燃料弾薬を補充して再び飛ぶつもりだった。

 二、三機落としたところで帝都を空襲された怒りは収まらないし百機以上も来ている。

 再び出撃しようと思っていた。

 だが、出来なかった。

 腕に白い物が落ちてきた事に気が付いた。


「雪?」


 呟いたがすぐに和田は首を振った。

 いくら寒いとはいえ、三月の半ばにさしかかろうとしている。

 雪が降るような気温ではないし、形がおかしい。


「灰か」


 剥いだと気が付き、帝都の大火災で舞い上がった灰が降り注いでいることに和田はようやく気が付いた。


「畜生め! 出るぞ! 発進準備急げ!」

「離陸中止! 離陸中止!」


 和田が芥川ら整備兵に命じたとき竹下が、駆け寄ってきた。


「何故だ! 帝都が燃やされているんだぞ!」

「周りを見てください! 降り注ぐ灰で視界不良です! 発進不能なんです! 下手に離陸すれば、墜落です!」

「畜生!」


 和田の声が灰が降り注ぐ空にむなしく響いた。

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