東京大空襲

 B29の空襲に先んじて、八丈島への空襲が第五艦隊により決行された。

 八丈島には小規模ながら飛行場があり、レーダー基地もあるため、日本軍の早期警戒、偵察機のB29編隊への接触を断つために空爆を実行し破壊した。

 気乗りではないが緻密なスプールアンスは的確な指示を出し、徹底した爆撃により日本軍は本土南方への目を失いB29を発見することは出来なかった。

 本土の状況も悪かった。

 B29の空襲を警戒して本土沿岸にはレーダー基地が整備されていたが、この日は強風のためアンテナが揺れ、探知能力が大幅に低下した。

 しかも通常より低い高度でB29が接近してきたため、探知できずにいた。

 また本隊を誘導するために先発した航法誘導機を日本軍機が追いかけていたこともあって、日本軍はB29本隊を探知出来ずにいた。

 それどころか、誘導機が任務を達成し、反転離脱したため空襲警戒警報を解除してしまった。

 夕方から空襲警戒と相模沖をうろうろするB29に日本軍も状況をラジオで聞いていた東京都民も苛立ち、深夜になって解除され、緊張から解放されてようやく布団に入り寝入ろうとしていた時、B29本隊は東京に向けて進撃し、本土上空へ侵入していた。

 日本軍がB29本隊を探知出来たのは日付が変わった直後、房総半島西端にある州崎の対空監視所がB29らしき爆音多数を確認したときだった。

 日本軍の防空司令部が受け取った情報を精査している最中の三月一〇日午前零時七分、最初の爆撃が開始された。

 出撃機数三二五機の内、目標へ到達し爆撃できたのは二七九機だった。

 爆撃は


 第一目標、深川区(現江東区)

 第二目標、本所区(現墨田区)

 第三目標、浅草区(現台東区)

 第四目標、日本橋区(現中央区)

 第五目標、城東区(現江東区)


 と定められた。

 いずれも東京都内で人口密度が高い地域であった。

 その地域に軍需工場が密集しているためとルメイは後に証言したが、方便である事は明らかだった。

 爆撃開始と共に目標へ先導機が初弾を投下した。

 房総沖のB29が沖合を旋回して警戒していたが飛び去ったことで空襲警報が解除され都民も気が緩んでいた事もあり、虚を突かれることになった。

 日本軍も同様で空襲警報が出たのは最初の爆撃の八分後、零時一五分になってからだ。

 その間にもB29は先導機の目標、落とした焼夷弾の煙硝を目印に風下から風上側に向かって焼夷弾を投下。

 炎上させていった。

 東京都民は炎の中を逃げまどう。

 当時東京は空襲に備え、屈指の近代的消防体制を作り上げ、八千人以上の消防官と一千台を超える消防車を保有し、各種民間防衛体制も整えていた。

 だが、今回の空襲は想定を遙かに上回っていた。

 投下された三十八万発以上の焼夷弾一六六五トンが燃えさかっては、碌に消火活動出来ず空襲開始三十分後には消火システムは破綻した。

 夜が明け、昼を過ぎても火災は続き、消防官殉職者一二五人と多数の消防団員の犠牲を出し、ようやく鎮火したのは翌日の夜明け頃だった。

 しかし、米軍も計画通りには行かなかった。

 巻き起こった火災により煙が発生し、爆撃地点を覆い視界不良にした。また上昇気流が発生、低高度を飛んでいたB29を翻弄した。

 中には気流に巻き込まれて一五〇〇メートル以上も上昇したり、空中で一回転する機体もあるほどで、大半の機体は上下に揺られ、搭乗員は機内の中でシェイクされ少なからぬ負傷者を出した。

 火災は激しく、昼のように明るくなりパイロットの腕時計の針が見える程だった。

 また、立ちこめる煙には人間が焼ける匂いが含まれており、搭乗員の息が詰まった。

 そして火災による操縦困難、目標への識別困難は新たな被害をもたらした。


「ダメだ。第二目標へ変更する」


 後続機が被害の大きさと困難さを認識し針路を南西へ変更。東京湾を越えて、横浜へ向かった。

 ここでも風下側から激しい空襲を行い市街地を灰燼に帰した。

 大きな損害を与えたが、これは後に重大な結果をもたらすことになるが、後の話だ。


「まるで大草原の伸びのように燃え広がっている。地上砲火は散発的。敵機の反撃なし」


 と指揮官のパワー准将は実況報告しているが、日本軍も手をこまねいている訳ではなかった。

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