カーチス・ルメイ
この日の夕方、マリアナ諸島から第73、第313、第314の三個爆撃航空団、合計三二五機のB29が出撃。
東京を目指して飛んでいた。
指揮するのは第二一爆撃集団ルメイ少将の腹心であるパワー准将だ。
彼らはこれまでと違う飛行コースを取っていた。
硫黄島上空を通過し、まっすぐ東京へ向かって北上していた。
通常と違うのは、彼らの飛行高度が三〇〇〇メートル程度しかないことだ。
「諸君、酸素マスクを外して」
葉巻を燻らせながら、次期作戦参加者にルメイは言った。
どういう意味か分からずパイロット達がクビを傾げていると、ルメイは答えた。
「出来るだけ低く、高度三〇〇〇メートル程度を飛ぶんだ」
だが、聞いた全員が顔面を蒼白にした。
日本本土は防空部隊の巣であり、非常に危険だと彼らは知っていた。
コンバットボックス、一八機の編隊で防御を固め迎撃機に対して弾幕を張っても、射程外からロケット弾攻撃を加えてくる日本機に彼らはいつも大損害を受けていた。
一万メートルの高高度でさえそうなのだ。
日本機が最も活躍しやすい三〇〇〇メートルを飛ぶなど自殺行為だ。
勿論、ルメイも知っていて対策を出していた。
「夜間に攻撃を行う。日本軍の夜間迎撃能力は低い」
実際その通りだった。
地上電探はあるし、通信設備もあるが、機上電探の小型化と高出力化が遅れており、夜間の迎撃作戦で失敗することが日本軍には多かった。
そのためB29の夜間爆撃は被害が少なかったのでルメイは夜間爆撃を命じた。
「ですが目標へ投下できますか? それ以前に編隊を組むことが出来ません」
勿論、夜間爆撃にも欠点はある。
闇夜のため視界が悪く目標へ到達しにくいのと、編隊を組みにくい。
特に、編隊が組みにくいのは、防御に致命的だし、僚機との接触事故もあり得る。
「編隊など組まない。先行機に続行するだけでよい」
「単縦陣ですか」
機体が一列になって飛んでいくなら前の機体との間隔を見るだけで良い。
コンバットボックスだと、前後に加えて上下左右も気にする必要がある。
確かに夜間でも動きやすいが、編隊による弾幕を張れないため、被害が出やすい。
「日本機は夜間迎撃が不得意だ。迎撃機は少ない。防御弾幕を張る必要はない」
確かに日本側の迎撃が少ないのなら無理にコンバットボックスを組む必要は無い。
「目標へは技量優秀なパスファインダーを送り予め爆撃させ目印を作る。目印の風上側に焼夷弾を投下しろ」
ドイツ本土夜間爆撃を行う英国空軍が行う方法で、優秀なクルーが乗るパスファインダー――先導機が目標を爆撃して炎を発生させ、それを目印に後続機が爆撃するのだ。
確かにこれなら多くの機体が目標を見つけられるだろう。
「目標を見つけるためにも雲より低くなる三〇〇〇メートルを飛んで爆撃するのだ」
高高度は迎撃が難しく比較的安全だが、間に雲が入りやすく、視界不良により爆撃が失敗する事が多い。
だが低高度なら雲の下を通ることが出来るので、爆撃は成功しやすかった。
「それで、何処を狙うのですか?」
搭乗員達は恐る恐る尋ねた。
ルメイは狂気に満ちた笑みで答えた。
「東京だ」
「東京の工業地帯ですか?」
「いや、市街地だ」
話を聞いた搭乗員達が驚いた。
「市街地への無差別爆撃は国際法で禁止されていますが」
「日本は手工業が主で、民家の中に工場がある。勿論兵器の部品生産も町中で行われている。これを一掃し日本の継戦能力を奪うには市街地を爆撃する以外に方法はない」
こう言うが建前である事は、ルメイ自身も分かっていた。
効果的に日本の家屋、人口密集地帯を延焼させるために江戸時代の火事の記録から関東大震災まで調べ上げ、火事が多く延焼しやすい時期を見つけ出した。
それが三月、今の時期だ。
日本海側から流れてくる雪雲が三国山脈にぶつかり大雪を降らせる。
水分を失った大気はカラカラになり、乾いた風を関東地方にもたらし冷たく乾いた北風となって江戸、のちの東京へ向かう。
冬の太平洋岸は晴れの日が多く行きも雨も少なく乾燥しており、延焼しやすいのだ。
この時期を、最も効果的に東京を燃やし尽くせる時期を逃すことをルメイはしたくなかった。
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