ハルゼーを嫌うキング
「いい加減にしないか!」
キングとマーシャルの口論を見かねたルーズベルトは苛立ちを隠さず、口にした。
「君らがここで口論して敵に勝てるのか?」
「「……申し訳ありません」」
キングとマーシャルは返答した。
「優先順位は変わらない。ヨーロッパが優先だ。できる限り艦艇を回せ」
「それではインド洋が持ちません」
「イギリスへの供与は最低限に済ませろ。大西洋が優先だ」
「はい」
イギリスを干上がらせアメリカの支援がなければ生きていけないようにするのがルーズベルトの目的だった。
イギリス最大の植民地であり生命線であるインドが奪われるのであれば、良いことだった。
「キング、東海岸で就役した空母をグラーフ・ツェッペリンの撃沈に回せ」
「それでは太平洋は」
「慣熟訓練代わりだ。早急に沈めて、太平洋に回せ。それとマリアナを早急にかたづけろ。その後は、十月を目処にフィリピンを目指せ」
「台湾がよろしいと思いますが」
「攻略は難しいだろう」
キングが推す台湾は島が大きく、遠い。
マリアナで手こずったのを見る限り攻略出来るとはルーズベルトには思えなかった。
また、攻略したとしても、付随効果、キングが言うには中国大陸の蒋介石率いる国民党と連絡をとり連携して日本を攻めることが出来るというのも疑問だ。
日本軍が最近行っている大陸打通作戦で蒋介石は大打撃を受けた。
陸軍兵力もそうだが、大陸沿岸部と根拠地である奥地重慶が切り離された影響は大きく。沿岸部の飛行場が使えず、日本のシーレーン攻撃が出来なくなった。
特に汪兆銘率いる南京政府軍の能力は日に日に向上している。
日本から与えられる武器や、民生品による生活向上は民心が日本側、南京政府に向きつつある。
士気が低い国民党軍は蹴散らされ、民心は重慶政府から離れており、この戦争で保つかどうか不明だ。
多大な援助を行っているが、インド洋の封鎖もあり十分ではない。
蒋介石はあてに出来ないとルーズベルトは判断を下しており、中国との連絡には積極的ではなかった。
「それに国民がフィリピン奪回を求めている」
ルーズベルトは不機嫌に言った。
二年前のバターン陥落後に脱出したマッカーサーは、脱出後記者に対してアイ・シャル・リターン――必ずフィリピンに帰ってくると唱えた。
日本軍の攻勢の前にアメリカ軍が敗退を続けた時期のため、力強い言葉にアメリカ国民は熱狂した。
今でも国民は支持しており、マリアナを陥落させたことによってマッカーサーの唱えるフィリピン奪回に期待していた。
「10月にはフィリピンへ上陸を果たせ」
「無理です。マリアナを陥落させてから、艦隊を再編成し、準備に時間がかかります」
「第三艦隊がいるだろう。フィリピン攻略は第三艦隊に命じろ」
「反対です。ハルゼーは問題です」
キングはルーズベルトの意見に反対した。
太平洋艦隊にはハルゼー率いる第三艦隊とスプールアンス率いる第五艦隊の二艦隊がいるが、所属艦艇は同じだ。
大作戦には、規模が大きくなる程準備が必要であり、司令部のスタッフの休養も必要になる。
そこで、一つの作戦を一方の艦艇司令部が実行している間、もう一方の司令部は休養を取り、次期作戦に備えて計画を練るというルーチンワークを行っていた。
所属艦艇は二つとも同じであり作戦ごとに司令部が変わるだけ。勿論艦艇側も、艦艇側のスケジュールで休養と再編成を行っており、十分な休養がとれていた。
そのシステムに従えばハルゼーの第三艦隊の出番だ。
だがキングは個人的にハルゼーを信じていなかった。
ファイティングセイラー、ブル――戦う水兵、猛牛という渾名が付く程、ハルゼーは好戦的で闘争心の塊だ。
敗北が続く、42年の南太平洋、ガダルカナルの激しい消耗戦で連合軍が戦い続けられたのはハルゼーの鼓舞によって将兵が奮起したからに他ならない。
ガダルカナルを占領しソロモンを消耗しながらも進んで行けたのはハルゼーの手腕、いや闘志に寄るところが大きい。
国民もハルゼーの闘志に熱狂している。
だが、キングにはその闘争心が、蛮勇に近いと考えていた。
あまりに猪突猛進な為、ハルゼーが暴走して何かミスをするのではないかと考えていた。
キングは出来れば冷静沈着なスプールアンスに任せたかった。
毀誉褒貶の多いキングが手放しに知将と評するスプールアンスならば安心できる。
しかし、マリアナでの作戦の不手際をルーズベルトは問題視していた。
キングに言わせれば準備不足の中、上陸作戦を強要したのであって、スプールアンスでなければ失敗していただろう。
今また、マリアナが制圧できない中、フィリピンへ向かうのは危険すぎる。
しかも、マッカーサーの大言壮語を実現するために艦隊を送るのは非常に不愉快だった。
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