審査委員賞『武蔵野探偵奇譚 ~まいまいず井戸の殺人~』の感想

第二回角川武蔵野文学賞 審査委員賞

武蔵野探偵奇譚 ~まいまいず井戸の殺人~

作者 アーキテクト

https://kakuyomu.jp/works/16816700427830753355


 玉房まつ伝説の謎を解いた左前光蔵、最初の事件。


 KADOKAWAライトノベル編集部によりますと、「審査委員賞の『武蔵野探偵奇譚~まいまいず井戸の殺人~』は、まいまいず井戸や第六天信仰など武蔵野の民俗をうまく取り入れており、キャラクターの立った民俗学ミステリとして楽しく読むことができました」とあります。


 本作で、まいまいず井戸や第六天信仰など、武蔵野特有のものを知る機会を得たのは僥倖である。

 祟りや迷信の裏にある事実に目を向けていくのは、横溝正史の金田一シリーズを思い起こさせる。

 短編なのに読み応えがあった。


 主人公は玉房まつの伝説を家伝として継いだだけの玉房家と縁が深い家の男、一人称僕で書かれた文体。本作は前半を出題編、後半を解解決編にわけてかかれており、前半は武蔵野台地に伝わる言葉や「まいまいず井戸」について説明され、江戸時代に起きた奇怪な殺人事件のあらましが語られている。後半は、民俗学者を自称する左前光蔵の推理が語られていく。


 女性神話の中心軌道に沿って書かれている。

 江戸時代、商才に富んだ玉房紋次郎衛門は、多摩一帯の市店を占めるほど稼いでいた。その儲けを普請に回し、まいまいず井戸を囲うように玉房屋敷が建てられた。

 享保十四年のある朝、玉房屋敷のまいまいず井戸にて、玉房家の娘まつが井戸を覆う井戸屋形の屋根に頭を打ち付けて死んでいるのが発見された。

 容疑者はすぐに見つかる。一人は浅一、もう一人は藤吉といい、どちらも同じ町内に住む商人の男だった。

 評判のよくない放蕩娘で男遊びが激しいことで知られていたまつは、二人の男を手玉に取っており、恨みつらみで殺されるだけの理由があったという。だが二人にはアリバイがあった。

 事件の朝、二人は一緒に過ごしていたのだ。二人ともツルベ替の当番であり、町内の各家でなった縄を集めてツルベ縄をつくる作業をしていたという。必要なツルベ縄はせいぜい十米メートルちょっとだが、作業に没頭するあまり、その五、六倍ほどの長さをなっていた。

 どちらが犯人にしても、井戸屋形の屋根にどうやって落としたかわからず、人間の犯行説は否定された。かわりに、まいまいず井戸の付近にあった第六天の祠から、第六天の祟りでは、と恐れて井戸を埋め、祠を戻すことで祓とした。

 当主は心労で病み、玉房の繁栄はこの代で終わる。玉房屋敷を売り払った後も細々と商いを続けたが、江戸時代末期には没落し、現在は家名を記録に遺すのみとなっている。

 玉房家と縁が深い主人公はそんな玉房まつの伝説を家伝として継いで玉房屋敷に住んでいた。

 時に昭和五年、民俗学者を自称する左前光蔵が現れ、井戸を埋めたことに阿呆と罵ってきた。「井戸というのはムラの中心だろう。この乏水性の武蔵野で、水が如何いかに恵みたるか。そのもんざえもんとかいう旦那を、はったおしてでも止めるのがご近所の務めだ。だから阿呆の裔だと言ったんだ」

 罰が当たると追い返そうとするも、「罰を下すのなら、まつを殺した二人の殺人犯に下せばいい」と事件の真相を語った。

「迷信深い馬鹿どもよりは利口だった浅一と藤吉は、事件を祟りの仕業に見せかけようとした――そのために不可能殺人を演出したのさ」

「井戸の半径は約十五米メートル。犯人たちはそれぞれ約三十米メートルの縄を用意し、まつの両脇腹わきばらの輪に通した。そして縄を結び、長さ約十五米メートルの二重縄にした」「そして二人は縄を持ってそれぞれが対角になるように立つと、互いの位置と、縄の張りを保つようにしながら、二人でまいまいず井戸の通路を螺旋を描いて登っていったんだ」「通路を登りながら、常に縄が張るように調節していくと、浅一と藤吉が地表に立つ頃、縛られたまつは井戸屋形の真上に宙吊りになることになる。人体で最も重い部位は頭部であり、自然、頭は下に向く」「二人は合図を決め、息を合わせて二重縄の輪を切る。このときに片端は離さないように腕に巻いておく。切れた縄は脇腹の輪を滑っていき、まつは地上十四米メートルから井戸屋形の屋根に激突して死ぬことになる。脇腹の輪の擦過痕はこのときにできた」「あとは音を聞きつけた下女が駆けつける前に、縄を巻いて回収しながら逃げる。縄を巻けば狭い裏口を通ることもできるわけだ」

 祟りではなかったと真相を語った左前光蔵に、主人公は見惚れるのだった。


 謎解きが好きな人やミステリーに目の肥えた人なら、「事件の朝、二人は一緒に過ごしていたのだ。二人ともツルベ替の当番であり、町内の各家でなった縄を集めてツルベ縄をつくる作業をしていたという」この辺りで、この二人が犯人だろうなと気づいたと思う。

 ツルベ縄が「五、六倍ほどの長さをなっていた」で、これを使ったんだろうな浮かぶと思うので、謎解き自体は難しくないと思う。

 なぞときよりも、まいまいず井戸にすごい興味をもった。

 古い町並みを探索するとか民俗資料を読み漁るとかよくしてたもので、謎解きよりもワクワクした。

 武蔵野台地特有の、「火山灰が降り積もった地層により、表土の下の砂礫されき層が厚く、水が浸透してしまうことから地下水面が低い。そのため、武蔵野で井戸を掘るのは難しかった」ならではの土地で水を確保するために先人たちの知恵で作られた、まいまいず井戸。実際に見たくなる。

 こういう実際に存在したものを作品に取り入れることで、大きな嘘を描くことができるのだ。


 昭和五年、民俗学者・柳田國男が『蝸牛考』を刊行したのは事実である。こういう本当のことを描くことで、創作に現実味を感じられる。


 左前光蔵のキャラが立っている。

 キャラが立つとは、変な人という意味である。

 第六天の罰が当たったとされた怪事件を、罰当たりな男が解決するところに意味があるのだろう。彼が解くことで、祟りなんて迷信なんだと裏付けになるのだ。

 作品の時代にあった奇抜さをもつキャラ造形は、見習いたい。 


 とはいえ、である。

 享保十四年は、西暦一七二九年。

 昭和五年は、西暦一九三〇年。

 二〇一年前の話を持ち出だされて、文句を言われる主人公はたまったものではない。

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