『なまくら冷衛の剣難録』第四章第八話までの感想

『なまくら冷衛の剣難録』

作者 小語

https://kakuyomu.jp/works/16816927863238741872


 光椿の道場を尋ね稽古を依頼する冷衛。由比太と士郎次とも剣を交え、師匠から思闇冥心流の奥義を会得し、黒衣に対抗する手段を手に入れる。

 街中で美夜と再会した冷衛は、共に昼食を取りながら昔話をし、小竜の依頼から手を引くよう頼まれる。「あなたは黒衣に勝てません」の言葉を聞きつつ手が引けないと断ったあと、美夜に抱きつかれ、春日爾庵誠之助は本気ではなかったかもしれないがあのとき冷衛の妻になれたかも、と情に訴え去っていった。

 帰宅後、一人たんぽぽ茶を飲みながら冷衛は、かつて美夜と交わした「私が過ちを犯そうとしたときには、私を止めてほしい」約束を二年前は守れなかったと思い出しながら、せめて小竜との約束は守らねばと誓うのだった。


 今回は、冷衛にとっては重要な展開が起きていく。

 面白くなってきました。


 師匠に稽古をつけてもらいにいくのが「黒衣に勝つための準備」のようだ。折れた刀は直さないらしい。一日で直せるものではないので致し方ない。別の刀を使えば刀が保持している移り香がつかえなくなる。折れたままで戦うしかない。

「いい顔をしているね。この前は、ああ言ったけど、今のあなたは違うね」

 この師匠のセリフが良い。第三者キャラに指摘されることで、説明よりも、読者は変化を感じやすくなる。

「周囲を見返すという二年前と同じ思惑に囚われていたのだろう」

 三日前に道場に訪れた時は名誉挽回、汚名返上、雪辱を果たそうと躍起になっていた。でもいまの冷衛は違う。

「今回は守らなければならない人がいるのです」

 小竜のことですね。

 依頼者であり、真人の許嫁であったのだから当事者でもある。

 首を突っ込み知りすぎたため、春日爾庵誠之助にとって邪魔な存在になっている。

 これまでは自分のためだったが、誰かを守るために剣を振るうのは今回が初めてかもしれない。

 

 由比太、士郎次、小竜が呼ばれているのはビックリです。

 稽古をつけるといっても、老いた師匠と病持ちと怪我人と鉄砲持ち。どうなのかしらと思ったけれど、由比太はすごく強かった。

ほんとに病持ち? と思った。

「おれがまともに剣を持てるのは三十秒が限界だ。その間、生き延びてみせろ。本気で殺しにいくからね」なんて、自分で制限を設けてありったけの全力で一撃を一撃をくり出すなんて、『影技』のカイン・ファランクスさんですか、とツッコミたい気持ちがふつふつと沸き上がってしまった。いけないけない。

 

 本作のウリの一つは、剣技による戦いにある。

 戦いの場面に現実味があるから、作品を楽しむことができる。


 由比太、士郎次、光椿と木剣を交える場面は、各キャラの強さの差がわかる描き方をしているところがすごい。個性がよく現れている。

 普段はゆるい感じの由比太が、剣を持ったら性格が変わるほどの動きを見せ、本当に病持ちですかとツッコみたくなるほど凄みがある。暗殺者と戦ったときに少し書かれているが、あのときは手加減をしていたと思えるほど、動きに差がある。

 対して士郎次は、由比太よりも前から登場し、暗殺者と戦う描写もあったため、彼の強さは読者はだいたい把握している。だからなのか、途中で「えぇ……! 士郎次さんて、あんなに凄い人だったんですか?」と小竜が驚く場面が間に描かれている。

 視点が切り替わる、この場面の書き方がとてもうまい。

 小竜に切り替わることに、意味がある。

 刀で戦ったことのない第三者的な小竜は、読者の代表みたいなキャラクター。だから「えぇ……! 士郎次さんて、あんなに凄い人だったんですか?」彼女が彼の強さに驚くことで、士郎次が強いことを読者はすんなり受け入れられる。

「ま、一応は。いったい、誰だと思っていたのです?」

「いえ、ただのバカかと……」

 この台詞をこの場面でいうために、いままで小竜は士郎次を「あの人バカですか」と口にしてたのかもしれない。そう思えるほど、士郎次は強かった、と読者も感じられる。このシーンはいいなと思いました。


「由比太さんもいますよね?」

「おれは別格ですから」 

 さりげない由比太の自己アピールは小気味よい。


 光椿との場面は、まさに師匠が弟子に稽古をつける場面として描かれている。

「攻める契機を見つけられない冷衛は、そのときを待って剣を構え続けた。時間は積もるようにして両者の身体に堆積していく」

 この時間経過の表現がいい。

 過ぎるのではなく降り積もり、積み重なった分だけ重くのしかかり動きづらくなってく様子が目に浮かぶ。


 物を教える、説得するときは「論理」「信用」「感情」の順番で三つを用いることといわれる。これを用いて描かれているところが本作の中で現実味を感じられるところだ。

 

「冷衛。昔、子どもの頃のあなたが剣を習いたいと申し出たとき、私が薪割りを命じたのを覚えていますか」

「あなたは最初、薪を割れずに悩んでいましたね。薪は、力を込めても上手く割れないものです」

「でも、回数を重ねると、あなたは上手く薪を割れるようになりました。なぜだか、分かりますか」

 まず論理、理屈を問いかけ、

「あなたは薪の急所である一点を見つけられるようになりましたね。……人間も同じです。どれだけ守りを固めても、必ず『一点』があります。そこに刀を打ち込めば、薪と同じように斬れるはずです」

 つぎに信用、いわゆる知恵を授け、

「見事です、冷衛。私の一点を見つけたのですね。その洞察力があれば、どのような相手でも『一点』を見つけられるでしょう。これが思闇冥心流の奥義です。その一端をあなたも知ったでしょう」

 そして感情、よくできましたと褒める。

「お礼を言うのは私にではないでしょう?」

 病気を押して立ち会った由比太と、腹部を負傷しながら駆けつけた士郎次のおかげである。

 最後に大事なポイントを話し、強い言葉で締めくくることで、教えを受け取ることができたのだ。


 また、由比太、士郎次、光椿の三人だった点も同じことが言える。

 由比太は技術的な強さを、士郎次は公国に仕える者として善としての強さを、師匠である光椿は何のために剣を振るうのか、感情の強さ伝えた。

 この順番で描いているからこそ、得難い経験を会得できたのだ。

「黒衣に勝つための準備」とは、たんなる稽古ではなく、友から友、師から弟子へ、最後に教える奥義の伝承のごとく、重要で意味のあるものだった。


 冷衛はありがとうを何度もくり返し、涙をこぼす。

 しかも「涙が床に透明な花を咲かせた」この比喩がいい。

 主人公がいままで殻に閉じこもっていて、事件を調べるうちに二年前の出来事に関わりのある黒衣の存在を知ることで、殻にヒビを入れてきたけれど、途中で依頼を断ろうと弱気になったときもあった。

 でも、未清算の過去と向き合うことで、ようやく頑丈な殻を破ることができたのだ。冷衛の勇気だけではなく、友と師匠の力のおかげで成長できたのだ。

 心の殻を破ったら花が咲いたみたいだし、「純白の陽光が室内に注ぎ込み、明るい光のなかに五人の姿が浮き立っていた」場面の状況描写も素敵だ。



 昼過ぎ、街中で冷衛は美夜と再会する。

 真人を殺害した黒衣の人物を調べるうちに、実子派の人物が銃弾に倒れた事件を真人が独自で調査していたことがわかり、暗殺者を囲っている春日爾庵誠之助が関わっていることまでわかっている。だから春日邸に訪ねる前に師匠や友と稽古をした。そのあとで彼女に声をかけられ「惨めなほど狼狽えて目線を泳がせる」のは、タイミングが悪かったに違いない。

 小竜の依頼を受けている冷衛にとって、敵側の相手。

 恋心をいだいた人でもある。

 しかも、いまは失職して市井でなんとか食いつなぐ身。

 会いたいような会いたくなかったような、そんな心境だったのだろう。だから「は、いや……」「お厭であれば……」「そんなことありません」と一度は躊躇うも、一緒についていく。


 対して美夜は、よく通う店が近くにあると言って冷衛を案内する。が、偶然出会ったのではないだろう。昼時に食べにきて出会ったわけではないから。尾行をし、偶然を装って声をかけたに違いない。だから昼過ぎだと推測する。


「二年前、閣下のお頼みをお請けてくださったのに、あの後なにも連絡しなかったのを恨んでおいででしょう。ずっと気になっていたのですけれど」

 伺っていた時は先方から声をかけらていたらしい。二年前の出来事以降、謹慎中や失職後、冷衛が自分から訪ねなかったのか。

「俺は任務に失敗しましたから。今更言っても詮無いことです」

 失敗したから顔向けできない、と思って訪ねなかったのだろう。

 ひょっとすると、見せる顔がないと思わせるために春日爾庵誠之助は、冷衛に「美夜の嫁に」という話をしたのかもしれない。


 美味しそうな料理を食べている。

「春から夏にかけて産卵期を迎えるユバチという海水魚は、この時期に脂が乗っている。このユバチを焼いて余分な脂を落とし、特製の甘辛いタレを塗ったのがこの店の名物らしい」

 カツオかしらん。戻りガツオなら脂が乗っているが、初ガツオはあっさりして香りが良いのが特徴。違うかもしれない。バチマグロとよばれるメバチマグロかと思ったけれども、旬が違う。

 サワラかしらん。でも一番脂が乗っているのは冬だし、サクラマスという可能性も捨てきれない。

 ともかく、公国は海が近いのかもしれない。


 食事しながら美夜に二年間どう過ごしていたか「これまで苦労されたのでは」「どんな暮らしを」「今も変わらず道場に」と近況を尋ねられては答え、「変わらず爾庵殿のもとで」と冷衛も近況を尋ね返す。

 美夜は思わず口を噤み、「失礼なことを言ってしまったでしょうか」と挟んでいるのがいい。

 冷衛にいいえと答えさせておいて本題を、という質問に「不躾ですけれど、冷衛様は、お付き合いしている女性はいるのですか」と付き合っている人がいるかを聞いている。

 意表を突かれたのかもしれない。さらに「でも、この前、女性と一緒に歩いているところをお見かけしたものですから」と踏み込んでいく。

「いえ! あれは依頼主の女性で……」 

 美夜は依頼主という言葉を引き出すために、回りくどくはなしていたのだ。この辺りのやり取りはおそらく、春日爾庵誠之助の元で働いているから身につけたものと推測する。


「冷衛様がその依頼を断るということはできないのですか。きっと、命に関わる危険が近いうちに起こります。その依頼を止めれば、冷衛様は助かるのではないですか」

「私は冷衛様に死んでほしくないのです。……あなたは黒衣に勝てません」

 彼女は手を引いてほしくて、冷衛に接触してきたのがわかる。

 黒衣の名前まで出して。

 冷衛は「ひどく動揺したように息を呑んだ」とある。

 美夜が黒衣を知っているのは、春日爾庵誠之助とつながりがあり、黒衣を使っている証拠。つまり二年前に請け負った仕事は、はじめから春日爾庵誠之助の自作自演の仕組まれたことであり、おかげで失職することになってしまった、と理解したに違いない。

 そんなことを知ってしまった、だから手は引けないんだ」と答えたのだろう。

 彼女は彼に声をかけなければ、ここまで決意を固めなかったかもしれない。

 

 別れ際に「振り向こうとした冷衛の背に、静かな衝撃が加わる」と読んだ時は、刺されたのかと思った。

「久しぶりにお会いできて嬉しかったです」

「それは、こちらも同じでした」

「それでは、さようなら」

「ああ、それでは……」

 なんて遣り取りをしたあとだったので。

 ここで、「閣下はお戯れのつもりでしたでしょうけれど、私は、もしかしたら、と……」美夜は自分の気持ちを伝えている。

 ここまで読んで、彼女は命令できたのではなく自分の意志で彼に声をかけ、共に食事をして語らい、自分の気持ちを伝えたのがわかる。今生の別れのように思えた。


 主人公以外の、小竜三人で会話している場面が新鮮。

 小竜は、真人を亡くしてから寂しさを埋めるように、ここ数日でいろんな男と出会っている気がする。もちろん仇討のためだけど。

 真人が結んだ縁かもしれない。


 由比太は明日葉茶を注文している。

 抗酸化力があり、便秘以外に肺がんや皮膚がんについて発病や促進を抑えるとされている。肺を患っている彼には適したお茶だと思われる。

 ハブ茶を頼んだのは士郎次だろう。

 ハブ茶の原料はエビスグサという植物の種子である決明子(ケツメイシ)から作られる。ハブ茶に含まれているアントラキノン誘導体は便秘による肩こりの緩和や眼精疲労などに効果があり、口内炎改善や肝臓機能向上、美肌、糖尿病予防改善効果などがあげられる。

 また、疲労回復効果もある。

 腹部を斬られた彼が飲むには、適したお茶と思われる。

 ハトムギには、体を治療し健康にする効果があるとされ、肌荒れやガン予防、炎症を押さえるなど。由比太や士郎次が飲んでも良さそうだ。


 由比太を誘うも、「さすがに昨日から動き過ぎたようだ。久しぶりに剣士としての血が騒いだけど、身体がついてこないんだよなあ」断られている。そういって参加するのかしらん。気になる。


「黒衣の他にもシンべヱがいる」と士郎次がいっている。

 雨天は?

 読者は黒衣が殺したことを知っているけれど、彼らは広場から逃走した雨天しか知らないはず。雨天の話がこの後も出てこない。

 水死体でみつかった報告が入っているのかもしれない。

 この辺がはっきりしない。

 シンベヱにくらべたら雨天は小物だからと考え、彼らは気にしていない可能性もある。



 由比太が美夜を目撃し、彼が習った道場で剣を学んでいたことがわかる。黒衣は彼女に違いない。

 男二人はわからなくても、同性の小竜は美夜をみて「綺麗だけれど、何か悲しそうな表情をした女性だったな」と異なる見方をしているところが実にいい。

 初めてみた人だから、どこがどうというわけではないけれども、ちょっとした違いの気付きができるのは、男でなくやっぱり女子でなければ。


 帰宅した冷衛は、春日邸を訪ねて美夜と話していた頃を思い出している。たんぽぽ茶がでてくる。

 お茶にこだわりを持つようになったのは、やはり美夜がきっかけだったのだ。

 彼女が好きなものを冷衛も好きになる。

 思いを寄せる人に対する代償行為といえる。

 小竜に恋の話でもといわれて、「物静かで、所作が美しい方だったな。花とお茶に詳しいし、以前は剣を習っていたとかで、俺のような男でも話が合う方だった」と語ったのは美夜のことだった。


 以前、「冷衛が思い浮かべた女性は、かつて出会った爾庵の侍女である。爾庵と会う度にその女性とも言葉を交わしたが、その回数も多いとは言えない」と書いてあった。

 だけど「数日に一度は爾庵の館に招待され」ともあり、一年くらいは訪ねていたようなので、長い時間話していないだろうけれども、美夜と話した回数は多い気がする。

 何回ならば多くないのか。

 たとえば、毎週うかがっていたら、一年で五十回。

 月に一度なら十二回だ。

 とはいえ、冷衛の感覚なので、五十回でも百回でも、彼が少ないと思えば少ないのだ。


「外国の珈琲に似たような」とあるが、冷衛はどこで飲んだのだろう。何度か訪ねているうちの一回に珈琲を出されたのかもしれないし、また別なところで飲んだことがあったのかもしれない。


 たんぽぽ茶といえば、文明開化以降輸入されて珈琲が好まれるも、太平洋戦争が始まって物流が止まり、それでも飲みたいと切望した珈琲愛好家によって百合根、屑大豆、チコリー、どんぐり、かぼちゃの種などをお茶にする中、たんぽぽの根を珈琲の代用として広く飲まれた話を思い出す。でも本作とは関係ない。 


「タンポポの葉や根を焙煎して作ったお茶は、美容や胃の不調全般、母乳の分泌を促すなどの効果があるとされている」と効能の説明があり、「私は、このタンポポ茶が一番好きなんです。タンポポは見ても綺麗なのに、お茶にしても美味しいなんて凄いと思うのです」

と答えてからの「いつでも私が淹れて差し上げましょうか」の流れ。

 告白しているようなもの。

 これに対して、冷衛は「は……?」と理解できない。

 堅物の朴念仁ですね。

 初々しくていい。


 回想の中でも美夜の話し方、毎回出されるお茶の話から、いつもと違うたんぽぽ茶の話題となり、「いつでも私が淹れて差し上げましょうか」さらりと返事の困ることを口にしてから話の核心「私が過ちを犯そうとしたときには、私を止めてほしいんです」とお願いする。

 再会して一緒に食事をしたときと、話し方の順番が変わらない。

 五歳から春日邸に引き取られて侍女として育てられてきたから、所作などが身についているのだろう。

 そんな人に、過ちを犯そうとしたら止めてくれとお願いされ、約束したのだ。

「あのときの約束は守れなかったのだろうな。……せめて、小竜さんとの約束だけでも守らねば……」

 この段階で、おそらく冷衛は美夜が黒衣の人物だと悟ったのだろう。だから「約束は守れなかったのだろうな」といっているのだ。

 二年前、黒衣と対峙したときから今に至るまで、相手が美夜であったことに気づいていなかったと推測する。

 これで相手を斬る理由ができたと思われる。

 割り切れる理由があるからこそ、これから先の戦いに挑めるのだ。

 このあと二人はどうなるのか。

 今後の展開が気になるところで終わっている。


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