【実話・エッセイ・体験談部門】短編特別賞『風俗嬢を始めてみたら天職ではと思った話』の感想
風俗嬢を始めてみたら天職ではと思った話
作者 イチカ
https://kakuyomu.jp/works/16816700428544151406
ファッションヘルスで風俗嬢をしたら究極の接客業で天職だったと思い至る話。
第四回カクヨムweb小説短編賞2021において、
「短編賞を受賞した三作品はストーリー展開、キャラクター、文章力などが高いレベルでまとまり、小説として完成度が高く、なおかつコミカライズでさらに輝くポテンシャルを持っていました」
「短編特別賞の九作品はいずれも秀作で、わずかの工夫や見直しで短編賞を受賞した可能性がありました。作者の皆さまは力量十分ですので、次回にぜひ捲土重来を期してください。短編小説を書く方には参考になる作品ばかりなので、ご一読をおすすめします」
「コミックフラッパー奨励賞の一作品は短編小説としての完成度という点で他の受賞作と比較した場合、一歩足りないところはありますが、映像が情景として浮かびやすく、この物語を別の媒体で読みたいと思わせる作品でした」
「新設の実話・エッセイ・体験談部門では、七作品が短編特別賞に選ばれました。独自の経験、体験談を見事にアレンジし、読み手に届けることに成功した作品ばかりです。新しい知識が面白く得られる作品から、涙なしでは読めない感動の作品まで、幅広いラインナップとなっています。フィクションとはまた違った角度から、読む楽しみを味わわせてくれる作品ぞろいではありましたが、コミカライズという点では適さない部分もあり、惜しくも短編賞は該当なしとなりました」と総評されています。
主人公は風俗嬢、一人称私で書かれた文体。体験談を具体的に丁寧に説明し、ときに本人の思いや考えをですます調で綴っている。
発端、葛藤、危機、クライマックス、結末の順番で書かれ、前半は興味本位の受け身がちだったが、後半は積極的にドラマを動かしていく構成になっている。
風俗嬢に知り合いもなければお会いしたこともないし、「風俗嬢なんて社会の底辺の仕事」という偏見も私は持っていない。
なので、これまでの体験談やエッセイと同じく、一つの職業して楽しく拝読した。
文章の書き方、構成がうまい。
まず現在の状況、いわゆる日常を軽く書いてはじまる。
厳しいクリスチャン家庭だったため処女主人公は、二十九歳で実家を出ると同時にクリスチャンをやめて開放され、横浜で恋人と一緒に暮らし始めた。
押さえつけられてきた反動から性への興味や関心は人一倍持っており、愛あるセックスの素晴らしさに気づく。
横浜曙町の大通りにいかがわしい店が並ぶ面白い街をみながら、あるとき知り合いの男性が「風俗で働いてる女は汚いから嫌なんだ」と話したことを思い出し、恋人に「風俗に興味があるんだけどどう思う?」と訊いてみる。すると、「浮気じゃないし仕事だから、やりたいならやってみれば」という返事。
こうして日常から非日常、風俗の世界へ飛び込んでいく。
その後、やる気を出して面接を受けるも「大変申し訳ないですが、うちのグループではあなたが働けるお店は無いようです」と不採用。それにもめげずに探し、働くことになる。
そこで働き、究極の接客業であり、天職だと気づく。お金目当てで稼ぐ女の人たちをみながら、金銭感覚が狂うのを恐れて慎ましく生活することを心がけ、お客様に喜んでもらえるお金の使い方、脱毛サロンに通う。
結末は、現在の日常、ファッションヘルスで風俗嬢をしている冒頭に戻る。
この書き方が素晴らしい。
ドキュメンタリーもこの型で描かれているので、わかりやすく伝わってくる。店を探して面接に行き不採用になるとか、お金のことについてなども具体的。合間に考えや感想が書き込まれていて、作者の個性もよく伝わってくる。
六十分コース一本こなせば七千円が女性の取り分。
お客様が支払う額の五割から六割ほどが相場。
同じお客様からの二回目以降の指名料は二千円。
頑張っている子には一本ごとに千五百円追加。
一日平均三本、多くて五本。
常連客からの指名で一日三本なら、一日三万千五百円の稼ぎ。
毎日だと大変だから、シフトで週三とか週四とか、いろいろあるのかもしれない。けれども、これはファッションヘルスでの日常であり、世間からすれば非日常。
なので、本作の中では「もやし十八円」から現実味を感じる。
この部分があるから、本作が作り物ではない、と読者は感じることができるのだ。
「実家が厳格なクリスチャンで家を出てクリスチャンをやめたら開放された」とあるけれど、クリスチャンとはやめることができるなんて、一般の人は知らない。
横浜の曙町に行ったことのない人は、大通りにファッションヘルスの店が並んでいることも知らない。
物分りの良い彼氏が実在していたとしても、こんな人がいるのかと読者の中には疑う人もいるだろう。
こういった日常に存在しているけれども多くの人が見ないように目をそらすような、日常からは逸脱した世界を書くに当たって、ですます調で書かれているところが良かったと思う。
語りかけているようで、真実味を増している。
本作には適した書き方だ。
セラピストとしてお客様に施術する接客業経験者の私としては、「体一つでもてなす究極の接客業」という表現にシンパシーを覚えた。
「一本お仕事を終える毎に、部屋に付いているシャワールームをタオルで吹き上げたり、ベッドに敷いてあるタオルをすべて取り替えたりするのがわりと大変でした。こういう部屋の片付けは男性スタッフがするものではないんですね」とある。
施術し終えた後は、担当したスタッフが基本片付ける。
素早く片付け、忘れ物がないかも確認し、きれいにセッティングして次のお客様を迎える準備をする。
手が空いているスタッフがいたら、代わりにやってくれたり手伝ってくれたりしてもらえるけれども、基本は担当した人が片付ける。
ファッションヘルスの人も一緒なんだ。
一人一時間、延長もありそうで、三人から最大五人相手にする。
私は主に手技を使ってお客様の疲れを癒し、コースによってはお客様の手足だけでなく頭部や肩腰など多岐に及ぶ。一人を施術するだけでも多量の汗をかくもの。
ファッションヘルスの人は全身を使うから、どれほど大変なのかが想像できる。
「昔年収二千万稼いでたことあったんですけど、友だちに配ったりしてたらすぐ無くなっちゃって。だから五億当てたいんです」といって、宝くじを当てようとする人の話は、面白くもあり怖くも感じた。
まとまった金額が手にできると、主人公の作者のように気をつけていなければ、おかしな使い方をしてしまう。
私の周りにも、働いて稼いだら、すぐブランド物に消えて、毎日金欠とぼやいてはお金を貸してといってくる子がいたのを思い出す。
特異な職業だからそういう人がいるのではなく、その人その人の性格であり、どんな職種にも金銭感覚が狂ってしまう人はいるのだと思われる。こういう、どこにでもいるようなタイプの人間について書かれているところに読者は共感でき、楽しんで読むことができるのだ。
とにかく、文章の書き方がうまい。
気をつけているとは思われるも、病気などもらわず、健康第一に励まれることを切に願う。
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