『なまくら冷衛の剣難録』第二章第十二話までの感想

なまくら冷衛の剣難録

作者 小語

https://kakuyomu.jp/works/16816927863238741872


 冷衛自ら半生を振り返る三回の転機と、次郎次から過去を聞いても冷衛を信用する小竜は彼とともに真人の家へ向かう。


 毎度長くて申し訳ありません。


 かつて武官だった主人公が市井に身をやつし、口入れ屋から仕事をもらう日々の中で小竜の依頼を引き受けた理由が報酬金額五十万だけではなく、真人の刀が折られていたことを知って目の色が変わった。その理由が今回明らかになる。

 今回の内容は、四百字詰め原稿用紙換算で四十枚近くも書かれている。

 主人公の水心子冷衛がどういう生き方をしてきたのかが語られており、おかげで読者によく伝わってくる。

 主役に必要とされる枚数は、百五十枚といわれる。

 残りの百枚は物語が進みながら描かれるため、主人公の水心子冷衛がどういうキャラクターかが浮き彫りになってきたところだ。



 また、士郎次も小竜に伝えていることになっている。

 同じ内容を伝えているかはわからない。が、少なくとも士郎次側から見た冷衛の人となりが伝わったと思われる。

 本人の回想なら確かだ。けれども、他人に語らせたほうが深みは増す。でもその場合、小竜が主人公で物語を進めなければならない。

 三人称とはいえ、本作の主人公は水心子冷衛。なので、本作のような回想と形でいいのかもしれない。


 

 冷衛の過去は、男性神話の中心軌道に沿っていると思われる。

 中級武官の子息として生まれた水心子冷衛は、父の影響をうけつつ十歳で官僚の子弟が通う興学館に通い学問に秀でるも剣は未熟。

 素行の悪い年上の者たちの妬みからくる暴力を受けたとき、助けてくれた光椿の道場を通うために父に願い出、腕を磨く。

 二十歳のとき跡目相続で実子派と弟派で対立し、派閥争いが起きる。が、本国の通達により、実子である狂四郎が当主となり終焉。

弟派の重臣はじめ末端の家臣に至るまで粛清を受ける。弟派に組みしていた父は閑職となり、病も患って他界。

 父をなくした冷衛は、父の跡をついで閑職の倉庫番になる。本人の頑張りで積み上げてきた実力は、権力闘争の憂き目の前ではどうにもならず、自分より劣るものから罵られ、殺伐としていた。

 そんなとき、弟派の旗手であった当時の内務省次官、退役後は人材派遣業を営む春日爾庵誠之助に声をかけられる。

 権勢を得た実子派により処断され、弟派についた父たちを助けられず「申し訳ないと思っておった。相すまん」と詫びられたことを契機に、度々屋敷に呼ばれるようになる。

 一年して、彼から「まだ公主継承の派閥争いは続いている」と聞かされ、実子派の策謀による暗殺の証拠が記された密書を密使に運ばせる故に護衛をするよう頼まれる。

 成功した暁には、「家格上げの口添え」「美夜の婿」「親父殿の悲願を代わりに叶えてやる好機」「日頃から冷笑する連中を見返す転機」と、いくつもの人参を目の前にぶら下げられて承諾。

 だが、黒衣の人物の刃に刀を折られ、密使と密書を奪われてしまう。半年の謹慎を経て職務に戻るも、さらなる周囲の霊障に耐えきれず失職。進むべき道を失い、市井に身を投じる事となったのだ。

 今後の展開としては、口入れ屋から仕事をもらって食いつないでいた冷衛は小竜からの依頼を引き受け、彼独自の才能を発揮していかねばならないだろう。


 彼の半生を整理してみる。


 中級武官の子息として生まれた水心子冷衛は、十歳で官僚の子弟が通う興学館に通う。学問ができることから他家の子息を軽んじたため、素行の悪い年上の少年達に袋叩きにされる。それを助けたのが光椿だった。近隣に道場を開いていると知り、父に頼んで通い出す。

 一度目の転機である。


 師匠、光椿の出会いは年上からのいじめにあっていた彼にとっては救いだったに違いない。

 でもよく考えると、勉強ができるからと自慢したことで反感を買ったのだから、非はどちらにもある気がする。

 それも、彼は周りの子達よりも剣の腕が劣っていたせいだ。

 剣を学ぶことで、いままで足らなかった部分を補うことで自信がついて行った。彼には必要なことだったのである。


 十年後、若手随一の実力者と目される。冷衛に勝てるのは神童と称される由比太だけと言われ、剣に生きる同世代の男達から顰蹙を買った。

 中でも、天才と称されながら敗北して株を下げた士郎次とは遺恨が残る。

 冷衛が二十歳の頃、城内で病に倒れた公爵の跡目相続が起きた。その際、実子か公爵の弟かで家臣内で激烈な派閥争いが起こる。

 本国の王から公爵の実子に相続させるよう通達があり、実子・狂四郎が当主となり終焉をみる。が、『血塗られた春の薔薇』と暗喩される派閥争いに巻き込まれて命を失った者は多く、実子派により弟派の重臣は軒並み失脚、権力から遠ざけられた。粛清は上層部だけに留まらず、末端の家臣に至るまで余波を浴びた。

 冷衛の父、冷門は弟派に属していた。

 弟派の旗手と目されていた当時の内務省次官、退役後は人材派遣業を営む春日爾庵誠之助だった。もっとも爾庵は実行役であり、黒幕は内務大臣と目されていた。

 その爾庵から実子派の情報を得る役目を仰せつかっていた冷門は、かなり有益な情報をもたらしていたため処分は免れず、役替えから閑職に回される。が、父親の出仕は短かった。冬になって吐血、冷衛が後を継いで城に出仕する手続きを済ませた。

 およそ一年後、父冷門は亡くなる。

 冷衛二十一歳の秋、二度目の転機だった。


 大きく二つのことが起きた一年である。

 一つは、剣の腕前が上がり、天才と言われた士郎次に勝つほどの実力者になっていること。勉強と剣の両方に優れたことにより、それらに劣る者からやっかみを受ける様になったのだろう。

 もう一つはお家騒動。派閥争いに父親が弟派に属していたため役替えから閑職、過度な精神的苦痛から体を病み、他界してしまう。

 閑職となった父の跡を、冷衛は継ぐことになる。

 これまで本人の頑張りで積み上げてきた実力は、権力闘争の憂き目の前ではどうにもならない。

 家を継ぐとは同時に、家を守っていくこと。

 現代なら、家族経営をしている会社をイメージすればわかりやすいかもしれない。


 役替えによる左遷先は御蔵番。倉庫の見張りや手入れをするだけの閑職であり、かつて学問と剣名で名を馳せた冷衛の処遇として相応しいものではなかった。

 父親の失敗の尻拭いをさせられている男と陰で嘲弄されながら、同僚との精神的摩擦を生じながら日を送る冷衛の瞳には、いつからか周りの人間を見返すための仄暗い執念が宿っていた。

 そんなとき、春日爾庵誠之助から呼び出しを受ける。

 春日邸に赴き、侍女である美夜からお茶を出され、刀を預けて春日爾庵誠之助と対面。後継問題は形勢不利のまま事態が収束し、権勢をえていた実子派により処断された。春日爾庵誠之助は弟派についた父たちに「申し訳ないと思っておった。相すまん」と冷門の息子である冷衛に謝罪する。権勢欲に塗れた人物と思い込んでいたため、素直に謝罪を受け入れた。

 その後も数日に一度は爾庵の館に招待され、美夜の酌でいい気分となり、爾庵を相手に剣の話をさせられたり同僚の噂話などを求められたりした。

 幾度かの接見を重ねる春の夜、爾庵に、まだ公主継承の派閥争いは続いていると聞かされる。

「奴らに掣肘を加える策が私にはある。今夜、城下町から内務大臣閣下へと手紙を持たせた密使を送る。その手紙には実子派の策謀による暗殺の証拠が記されているのだ。これさえ大臣閣下の元へ届ければ、城下には静穏が戻るだろう」

「首尾よく運べば貴公の家格を上げるよう口添えする」

「美夜も婿をとってもよい年齢になったのでな。実力と人品は申し分ないが、実績が足りない男に箔をつけてやりたいのだ」

「親父殿の悲願を代わりに叶えてやるのも悪くあるまい。この働きで日頃から貴公を見くびっていた手合いも真実を知るだろう」

 実力に見合わない倉庫番をしながら周囲から冷遇されていた冷衛は、ついに引き受ける。

 だが、黒衣の人物の剣の前に刀を折られ、密使は殺され、密書は奪われてしまう。

 命令系統と関係ない争いは処罰の対象だったため、爾庵の手先となって働いた冷衛は職務と関係ない私闘をしたとして厳しく処分された。任務に失敗した冷衛に用は無い、だから爾庵からの接触はなく、爾庵が処罰を受けた話も聞かなかった。

 半年間の謹慎を経て冷衛は職務に戻ることを許された。が、事情を知らない同僚達は私闘を演じ、しかも刀を折られるなど剣士としてあるまじき醜態を晒した冷衛を〈なまくら〉と称して嘲笑。とり巻く蔑視に耐えられず、一月とせずに退官の届けを出し、受理されて冷衛は身一つで市井に放り出される。

 家は親族の三男坊が継いでいる。が、親子二代で失態を犯した手前、母親は肩身狭く暮らしている。

 現在から二年前の事である。


 親の跡をついで一年、春日爾庵誠之助に呼ばれては屋敷に通い、密使と密書を守る役目を頼まれるも果たせず、半年の謹慎後、一カ月も経たずに退官し、弟に後を任せて家を出てから二年、今に至る。

 

 端から見れば、親子共々春日爾庵誠之助のいいように使われ、用がなくなったから捨てられ、彼は落ちぶれたのだ。


 ここまで読むと、春日爾庵誠之助が黒幕なのだろう。

 おそらく黒衣の剣士は美夜かしらん。

 この想像を是として考える。

 春日爾庵誠之助は閑職についていた主人公を屋敷に呼んでは謝り、度々呼んでは剣の話をさせられたり同僚の噂話などを求め、酒を振る舞い、美夜をつかって酔わせることを一年も続けてきている。

 彼の目的はなんだろう。

 父親が息子である冷衛に、春日爾庵誠之助にとってはまずい情報を残しているか探っているのかもしれない。色々聞き出すのは、冷衛の弱みを知るためと推測する。


 酒まで振る舞っていることから、冷衛は春日爾庵誠之助に警戒して口が硬かった。なので、きれいな美夜に酒をすすませ飲ませ、口を滑らそうとした。それに一年ほどかかったのだろう。

 一年かけて、なにもないとわかったのではないかしらん。

 また、その間に冷衛がどういう人間なのかを図っていたのだろう。

 父親と同じように扱いやすいかどうか。


 本国の王から公爵の実子に相続させるよう通達があり、跡目相続は決着がついているにも関わらず、「水面下でな。騒動が表面に出てこないだけ、より争いは血生臭くなっている」「実子派の方が、我が方を殲滅しようと攻撃を仕掛けているのだ」とは、弟派の残党である春日爾庵誠之助が、相続した実子派を倒して水鋼公国を乗っ取ろうと企んでいるに違いない。


「冷衛よりも年下だが胆力のある男だった」密使も、かつて派閥争いの際、春日爾庵誠之助の下で動いていた家の子息だろう。この男はのちに殺されることから、春日爾庵誠之助にとって都合の悪い情報を知っていたため消されたと考える。


 黒衣の人物と冷衛との戦いは、凄みがある。互角とも言えるほどの技量の描写は素晴らしい。どんな動きをしているかイメージできる。剣筋を読む駆け引きが醍醐味である。

 刀は打ち合えば折れるものなので、刀で防ぐしか身を守るすべがないほど追い込まれたのだ。かといって、そんなに都合よく折れるものかしらん。

 真人とおなじような展開になっていくが、とどめを刺されない。

 戦意を喪失している冷衛の横を素通りし、密使の男を殺害して密書を見事に持ち去っていくのだ。

 戦意を喪失しているのだから、殺せたはず。

 なのに殺していないのは、命令ではなかったからだろうか。

 密使を斬り、密書を取り戻すのが命令だったに違いない。

 冷衛の腕前が凄いことを事前に知っていたので、屋敷で刀を預かった際に折れやすいよう細工をしてあったかもしれない。

 だとすれば、冷衛を殺すこともできる。

 そのチャンスもあった。

 でも、実際は殺されていない。

 おそらく、二人共殺してしまうと単なる通り魔として片付けられてしまうからだ。誰に殺されたのか目撃者が必要だから、冷衛は生かしておいたと推測する。

 まだ公主継承の派閥争いは続いていて、「奴らに掣肘を加える策が私にはある。今夜、城下町から内務大臣閣下へと手紙を持たせた密使を送る。その手紙には実子派の策謀による暗殺の証拠が記されているのだ。これさえ大臣閣下の元へ届ければ、城下には静穏が戻るだろう」と聞かされ護衛をしていた冷衛にとって、襲ってきたのは実子派だと思うはず。

 つまり、春日爾庵誠之助はすでに決着した跡目相続の派閥争いを蒸し返し、まだ終わっていないことを広く知らしめ、現当主の政治は弟派弾圧による圧政を強いている悪いイメージを公国内外に植え付けるのが目的だったと推測する。

 ようするに、今の当主はやっぱり駄目だから、先代の弟こそ当主にふさわしい気運を高めるためではないかしらん。

 実子派は覚えがなくとも、かつて処罰を受けた弟派の人間たちの中には、この一件を聞いて、政務を行っている現在元首の第十三代当主水鋼零士狂四郎に反感を募らせただろう。


 もし春日爾庵誠之助の言い分が正しく、実子派が弟派を殲滅しようとしていた場合はどうだろう。

 密書を奪うのは当然だが、密使を殺さず取り押さえ、黒幕は誰かなど情報を聞き出すのではないだろうか。少なくとも、護衛の冷衛は戦意を喪失させたので捕まえることも容易だったはず。

 そもそも、待ち伏せしていたのなら、あの夜に密書を届けることを事前に察知していたことになる。大人数で待ち伏せることもできたはずだ。

 弟派とはいえ同じ公国の者。身内で争っていては優れた若者が失われ、双方並びに共倒れて国が滅んでしまう。

 権力を持っている側としては安易に殺さず、然るべきところで裁きを下すのが筋だろう。


 なので、この一件は、弟派の春日爾庵誠之助によって仕組まれたことであり、冷衛は彼に利用されたのだ。


 冷衛の長屋に引っ越してきた女性は、彼の動きを探るために動いている美夜の線も考えられる。

 黒衣の人物は美夜かもしれない。

 であれば、冷衛を斬らなかったのは、彼に対して何かしらの想いを抱いていたからかもしれない。

 今後の展開が楽しみである。


 甘味処で士郎次から冷衛の話をきいた小竜は、「昔は性悪だったかもしれないですけど、今は反省しているんだからいいじゃないですか」「わたくしは冷衛さんを信用しております。余計なご心配は一切御無用に願います。危険は重々承知しております故」と、平らげたあんみつと団子の皿と支払いを残して店を後にし、冷衛の家を訪ねている。

 彼女は、血なまぐさい本作の中での潤滑油、笑いどころかもしれない。こういうキャラがいないと話が重たくなってしまう。

 それにしても、よく食べる子である。

 おごりなら、なおさらかもしれない。


 士郎次は、冷衛が春日爾庵誠之助の屋敷に呼ばれていたことまで知っているのかしらん。

「事情を知らない同僚達は私闘を演じて、しかも刀を折られるなどという剣士としてあるまじき醜態を晒した冷衛を、以前にも増して嘲笑の的とした」とあるので、詳しいことまでは知らないため、小竜にも話していないと思われる。


 冷衛は、どこまで上層部に話しただろう。

「爾庵が武官を退役しており、命令系統と関係ない争いは処罰の対象だったのだ」とあるので、密使と密書を護るよう弟派の春日爾庵誠之助に頼まれたことは伝えたはず。

 密書の内容の「実子派の方が、爾庵派を殲滅しようと攻撃を仕掛けている」云々についても伝えた可能性が高い。

「上層部がどのような協議をしたのか不明だが、半年間の謹慎を経て冷衛は職務に戻ることを許された」とあるからだ。

 春日爾庵誠之助としては、それが目的だったのだろう。

 実子派としては、事実ならば黙認して冷衛を口封じに抹殺することもできる。でもそうはしてないので、実子派は弟派と対立していないのだろう。なので、半年の謹慎処分で済ませたと推測する。

 あるいは、「爾庵は実行役であり、黒幕は内務大臣であったという見解が濃厚となっていた」とあるので、冷衛が伝えた都合の悪そうなことは、内務大臣がもみ消した可能性も考えられる。

 

 真人の家に向かう二人に、何が待っているだろう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る