『なまくら冷衛の剣難録』第二章第五話までの感想

『なまくら冷衛の剣難録』

作者 小語

https://kakuyomu.jp/works/16816927863238741872


 壮年の男、小竜、士郎次、そして冷衛、それぞれが動き出していく。


 それなりの家柄である壮年の男が真人の一件を嗅ぎ回る冷衛と小竜を調べるよう部下に命じた朝、上士家柄の紫光家の娘である小竜は父に内緒で今日も調べに出かける道すがら、声をかけられた士郎次と甘味処で冷衛の過去を聞く。


 大陸東部の一円を領土とする天道王国は、二つの公国と四つの属州からなる。天道王朝の支配基盤を盤石なものとしているのがそのうちの一つ、建国百五十年を経た『水鋼公国』である。

 水鋼公国は、天道王朝から公爵の地位を戴く水鋼家が統治しており、現元首は第十三代当主、水鋼零士狂四郎。清廉な人品と優れた識見で善政を評価されている。

 元々この地は、他国の支配域であった邑咲を天道王国が攻め落としたことに端を発し、進駐軍である水鋼家がそのまま領主となり、水鋼公国が生まれたのである。

 他国との戦乱が減った世になったものの、公国官僚は前身が軍隊だっただけに武断の気風を帯びる者は未だ多く、身分格差も埋まらず、自己保身の暗躍に下層民が巻き込まれることも珍しくない時世となっていた。


 貴族や高級官僚の住まいがある区画にある館で庭で紅茶を楽しむ壮年の男に、かの団子屋から届いた封書を持った女性、美夜が現れる。冷衛と小竜が嗅ぎ回っていることを知った男は、〈黒屋〉という組織にいる雨天に探るよう命じる。


 物語が大きく動きはじめました。

 この男は、自己保身のために真人を殺害した親玉ということなのでしょうか。ならば、なにか悪いことを企んでいて、それを調べていた真人は命を狙われたのかもしれない。 


 閥族、血族、上士、平士という家柄格差が存在していることが紹介され、王朝開闢以来の一族である小竜の紫光家は、家臣団のなかで上級の位置に属しているとわかる。

 いいとこのお嬢様、である。

 問題は、小竜の父親が、美夜をつかって探りを入れている壮年の男と同一人物か否かという点。


 壮年の男は、「黒い洋袴に折り目も綺麗な白い襯衣を羽織る姿は、高級武官か貴族の姿を思わせ」「黒い頭髪は蓄積した年齢によって半白となっているが、黒瞳は壮烈な気力に満ち溢れていた。彫りの深い顔には皺も少なく、まだ精気を多分に残している」と描写されている。

 

 小竜の父親は、「白髪が目立ち始め」「家督を長男に譲り隠居している。謹厳な男だったが晩年に授かった小竜にだけは甘い顔をすることが多い」とある。

 また、「王朝開闢以来の一族である小竜の家は優遇される高給取り」であり、「贅沢さえしなければ小竜とその両親、長男夫妻に加えて二名の使用人の暮らしが困窮することはない」ばかりか、「住人の数に比して広い家の造りをしている。庭には菜園があり」「定年退官してから父親の楽しみは土いじりになっていた」とある。


 頭髪の白髪が、「半白」と「白髪が目立ちはじめ」が同じ具合とはいえないけれど、違うともいい難い。

 物語としては、親が黒幕だったということもあり得る。

 そうすると、動機が必要になる。

 その動機がわからない。

 素直に考えると、やはり同一人物ではなく、壮年の男はおそらく閥族の出と推測される。

「閥族は、かつて王国に敵対していたが、後に王国の軍門に降った他国の元王族や貴族を遇するための地位である。家格は最高位に置かれているが、決して大臣やそれに次ぐ役職を任されることのない名誉のみの立場」と説明されているからだ。

 いわゆる、地位だけ保証されたお飾りであり、国政に関われないので歯痒い思いをしてきている辺りに、今回の騒動の動機が潜んでいるのではないかしらん。


「一つ橋を渡ったところは、閥族や官僚の住宅地が多い区画だ」とある。

 貴族や高級官僚の住まいがある区画に壮年の男は住んでいて、小竜が住んでいるのは、上士たちが住む別区画。

 やはり、壮年の男と小竜の男は別人である。


 小竜が冷衛に会いに桜花街へ向かう途中、士郎次に声をかけられる。街の地理がわからないのだけれども、士郎次は閥族の出なので、小竜が声をかけられたのが閥族の住まいがある区画だ。

「この近辺に住まわれているのですか」

 と、士郎次が尋ね、

「いいえ。通りがかっただけです」

 小竜は答えている。

 素直に正しいとするなら、上士の出である小竜が住んでいる区画は違うとこにあるのだろう。そして、

「ほう。この先を行くと桜花街の方向ですが」

「そうです。これから冷衛さんの家に行くんです」

 これらのやり取りからもわかるように、おそらく血族の区画が中心にあって、上士の区画、閥族の区画、平士の区画という順番で同心円状にわかれており、平民が住んでいるのは平士の外側にあると推測される。

 

 士郎次の、「桜花街にお伺いするというわけですか」「逢引きのようですな。はっはっは」これらのやり取りから、オヤジ臭さを感じる。

 冷衛とたいして年は変わらないと思うのだけれども、彼の家柄か、彼の親の口癖か、もしくは人付き合いからきているのかしらん。

 こういうオヤジギャクをいうのは、年をとったから口にするのではなく、子供の頃から口にしていたダジャレを、いまだに言っているに違いない。

 そういうダジャレを面白いと受け入れていない世代からすれば、オヤジギャグはつまらない。

 小竜は彼より年下である。彼の世代とは違うし、家柄も異なる。しかも礼儀作法を習っている。礼儀にダジャレはないだろう。

 そのため、士郎次が場を和ませようとする洒落が通じない。ジェネレーションギャップ、デカルチャーが起きているのでしょう。そう思うと、士郎次がなんだか可愛そうに見えてくる。


 でも、「落胆した様子もなく士郎次は頷き、お茶で舌を湿らせてから口を開いた」とあるので、滑っても気にしないのかタフなのか、あるいは洒落をいうのが彼なりの挨拶なのだろう。なので、相手の反応がなくても、さほど気にしていないのかもしれない。

 イタリア人男性みたく、可愛い女の子が目の前にいたら口説かなくてはいけないという図式が、彼なりの礼儀作法にあるのだろう。出会ってそうそう小竜の手を握ったり、手の甲に口づけしたりするのも、そういうことなのではと推測する。

 下心もあるかもしれない。そこは、年上の男として、彼女にいい所を見せようと務めている現れだと思いたい。


 師匠である光椿の剣道場に十五年以上近く通った冷衛は、門人である暇な農家や商人相手に稽古をつけている。師匠は弟子である彼を心配していた。

 師範代という形で、たまに稽古をつけさせては、代金の代わりに農家からもらった野菜を彼に分けているのだろう。それでなんとか冷衛は食いつないでいるのかおしれない。

「市井で生計を立てるのは難しいでしょう。あなたみたいに剣しか能がない男は特に」「犬や猫を追っかけて飢えをしのげるの?」と師範は言っている。

 つまり、口入れ屋から仕事をもらって食いつないでいることをしっているということ。おそらく、武官であった彼がなぜそうなったのかも聞いて知っているに違いない。


 小竜の仕事の前に口入れ屋の沙岩から勧められた仕事が「猫探し」だった。それを断って、真人を殺害した犯人を探し仇討ちをする仕事に今はついている。

 なので、

「それは違います。まだ猫は追っかけておりません」

 さぞかし冷衛は得意げに答えたに違いない。

 でも師匠は、犬や猫の違いを問うているわけではない。安定した仕事に就いてくれることを言っているのだ。

 一度武官だった人が再就職となると、道場の師範代や日雇い仕事以外に、この世界ではどういった仕事口があるのだろう。


 ストーリーとは関係ないのだけれども、三人称の文体、とくにキャラ視点が変わるので、誰が話しているのかをわかりやすくするために主語が明確につけられている。

 しばらく冷衛の話が続くところで「冷衛は」「冷衛が」とやたら目につく。いささか文章がやかましく感じるので、減らせるところは減らせたら文章がスッキリするのではと、余計なことを思った。


 師匠の光椿に冷衛は、鈴鳴街で起きた真人殺害事件について調べていること、士郎次も動いていることを伝え、「後には引けんのです」と告げる。

 それに対して師匠は「あの小奇麗な顔をした子でしょう。よくよく縁のあること」と答えている。

 つまり、冷衛と士郎次はライバル関係で、師匠もそれを理解しているのだ。

 それを踏まえて顔色をうかがいながら師匠は、「二年前の件はあなたに責任はない」「心配しているのは、あなたの心だよ」「その刀に〈移り香〉するほどの激情を持て余しているのでしょう?」「〈移り香〉した感情は何だろう」「あなたに剣を教えたけれど、何のために剣を使うかまでは教えられなかった。それが不憫でね」と、二年前の出来事を冷衛は引きずっていると見抜き、気にかけている。

 二年前に、なまくら剣士と揶揄されるような出来事があったことを師匠は知っており、それが原因で刀に〈移り香〉を宿しているのだと説明しているのだ。

 

 感情豊かな生者の我執が物に乗り移った現象を〈移り香〉といい、死者の感情が物に乗り移った現象を〈残り香〉と呼ぶという。

 生者ならトラウマ、死者なら呪いみたいなものかしらん。

 二年前の出来事により、刀に宿った〈移り香〉から、冷衛は剣が抜けないのかもしれない。

 とすると、真人を斬った黒衣の人物は、〈残り香〉の刀を用いて斬ったのではと推測する。

 これは、物語が進むと明らかになっていくだろう。


 長屋に三ヶ月前に引っ越してきた女がいるという。

「夜の仕事をしているらしい」「夜遅くに出てって帰りは明け方。いつも昼間は寝ているから、誰もつき合いがない」という、怪しげな人物。物語に絡んでくるに違いない。

 彼の部屋は、一人暮らしにしては広い。

 家賃はいくらなのだろう。 

 寝台に寝転がって目を閉じ、過去の回想が始まる。

 

 ところで、小竜との待ち合わせ時間はいつ、場所はどこだろう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る