【短編小説部門】短編特別賞『えー、中学ではBSS部に所属し、脳を破壊されまくっていました』の感想
えー、中学ではBSS部に所属し、脳を破壊されまくっていました
作者 あたし黒髪のようにとけそうな気がする
https://kakuyomu.jp/works/16816700428690241159
最初の失恋を引きずり過ぎの長田裕樹は高校で出会った関谷蜻蛉とBSS部の活動を通じて彼女を好きになり、BSSを味わうために振られようとするも、関谷から告白を受け、好きになる子は誰もが去っていくわけではないと知る物語。
第四回カクヨムweb小説短編賞2021において、
「短編賞を受賞した三作品はストーリー展開、キャラクター、文章力などが高いレベルでまとまり、小説として完成度が高く、なおかつコミカライズでさらに輝くポテンシャルを持っていました」
「短編特別賞の九作品はいずれも秀作で、わずかの工夫や見直しで短編賞を受賞した可能性がありました。作者の皆さまは力量十分ですので、次回にぜひ捲土重来を期してください。短編小説を書く方には参考になる作品ばかりなので、ご一読をおすすめします」
「コミックフラッパー奨励賞の一作品は短編小説としての完成度という点で他の受賞作と比較した場合、一歩足りないところはありますが、映像が情景として浮かびやすく、この物語を別の媒体で読みたいと思わせる作品でした」
「新設の実話・エッセイ・体験談部門では、七作品が短編特別賞に選ばれました。独自の経験、体験談を見事にアレンジし、読み手に届けることに成功した作品ばかりです。新しい知識が面白く得られる作品から、涙なしでは読めない感動の作品まで、幅広いラインナップとなっています。フィクションとはまた違った角度から、読む楽しみを味わわせてくれる作品ぞろいではありましたが、コミカライズという点では適さない部分もあり、惜しくも短編賞は該当なしとなりました」と総評されています。
失恋したときの脳は、大量のドーパミンが分泌されて麻薬中毒者と同じ状態だといわれている。ドーパミンとは、脳内の神経伝達物質の一つで、アドレナリン・ノルアドレナリンの前駆体のこと。
端的に言えば、「幸せや幸福を感じたとき」に分泌される脳内ホルモンの一種。だが、失恋し傷ついた心を癒すために一時的な幸福感を脳が求め、多量のドーパミンを放出する。
つまり長田のいう脳破壊による快感とは、意図的に失恋状態に自身を追い込むことで、大量のドーパミンを分泌させて快感に浸る状態、失恋中毒脳にあるといえる。
合法的な、麻薬中毒患者みたいなものである。
恋愛を求めて恋に生きる人の対局にいるのが彼、なのだ。
主人公は高校生の長田裕樹、一人称俺で書かれた文体。自分語りの実況中継、彼の視点で描写されている分、やや説明的。インタビューは、関谷蜻蛉視点で書かれ、全体的にルビが多く振られている。
BSSとは「B(僕が)S(先に)S(好きだったのに)」の略語。恋愛において、片思いの相手を他のキャラクターに先取りされるシチュエーションを示して使う。二〇一五年頃に、とある腐女子が萌え要素として作ったのがはじまりとされる。
シチュエーションは、片思い寝取られに似ているが異なることから、新たに作られた言葉らしい。
性的興奮とは無縁の用語として、全年齢作品や女性向け恋愛作品の文脈で使う人も多く、考案者等はこの言葉を男性キャラクターの萌え要素的に扱っている。
登場する『BSS部』とは、意図して特定の異性と片思いになり、その相手を他人に取られることで告白以前の失恋状態に自ら陥れることで、絶望と失望による脳破壊時に得られる快感を味わうことを活動目的とした部活である。
本作は、それぞれの人物の想いを知りながらも結ばれない状況にもどかしさを感じることで共感するタイプの中心軌道で書かれている。
主人公は長田裕樹は、中学からBSS部に所属し、高校でも引き続き活動していく。
BSS部に興味を持った関谷蜻蛉を図書室につれていき、二年五組の相川歩を紹介、勉強を教えてもらったあとで先輩に好意をもっていることや彼女には彼氏ができることを関谷に告げる。
勉強会に現れた、彼女の友人で天文部の剛己が現れ、諏高祭(文化祭)準備の手伝いを共にすることになる。これをきっかけに二人は近づいていき、期末考査と諏高祭後のキャンプファイヤーで二人が手をつないではしゃぐのを眺める主人公は大の字に倒れ「至福……!」とつぶやく。すべてはBSSによる脳破壊から得られる快楽のため。
中学では七回も体験したと告げられた関谷も、BSS部に参加していく。
数々のBSS体験を経て、関谷は本来持っている力を発揮する。
高二の九月。
体育委員の関谷は同じクラスでサッカー部の池田から、来月の体育デー(体育祭)の顔合わせがあるから出席するよう言われる。三日後、長田から今度のBSSは関谷が体験する番だと告げられる。
このとき、関谷は脳破壊の感覚を覚えた。
長田は関谷に好意を持っていて、関谷自身がBSS対象になっているということは、長田と関谷は結ばれないことを意味していることに、彼女は気づいたのだ。
池田との仲が順調に進展し、告白を受けた瞬間、長田の脳に極大の破壊が訪れる。
だが、関谷はすぐ「今好きじゃなくなりました。別れましょう」と告げて池田を振る。
長田と関谷の関係性が逆転する。
長田はBSSを放棄し、関谷と恋人同士という関係が構築される。
また、関谷は女性神話の中心軌道で話が展開されている。
実は普通に話せるし、目もいいから伊達メガネであり、名前もトンボではなく、背中に翅も生えている。そして長田のことが好きだという気持ちをも隠すために初日の自己紹介で「関谷ぶ、ぶぴっぷ!」と言い、ぶぴ人と呼ばれる変な子でいた。
長田とBSS部の活動を続けてきた高二の九月、今度は自分がBSSの体験をする番となり、長田が自分を好きだと気づく。
池田に告白され一旦は聞き入れるもすぐに別れ、BSS部の活動を放棄。長谷いままでは嘘であり、背中に透明な翅があること、長田が好きだと告白。二人は彼氏彼女の関係となる。
後半のストーリーは、メロドラマと同じ中心軌道で組み立てられている。
長田と関谷それぞれだけではどうにもできない障害が用意され、障害をクリアするためのサブキャラが登場、成長を促し、障害をクリアする度にサブキャラが退場。物語が少しずつ前に進んでいく。
地の文がやや多い感じの会話劇の印象がある。
題材が突飛にみえるけれども、ストーリーの展開は組み立てはよく考えられている。キャラは立っているし、彼らの考え方や行動も面白い。漫画など映像のある媒体だと、面白さが増すかもしれない。
BSS部となってからの活動は、会話文だけで表現されている。
おそらく枚数の関係から、ダイジェスト的に割愛されたものと思われる。仲良くなって、勝手に振られて、悦に浸るという同じことのくり返しなので、ダイジェスト的に表現するのはいいアイデアだと思う。
このとき、後半に出てくる占い師たちを登場できたらいいかもしれない。けれども前半、関谷はどうしても受け身にならざる得ないので、新しいキャラを出せない。
後半は、長田との関係を深めていくためにも、成長と物語を前に進ませるためにサブキャラを登場させなくてはならない。
なので、後半から占い師たちが出てくるのは当然。
前半に彼らが出ない理由は、一年生のときは同じクラスにいなかったのだ。二年生になってクラス替えがなされ、占い師たちが同じクラスとなった。だから彼女彼らは後半に出てくるのだろう。
高校に入学してから一年半の間に、相川先輩も含めて少なくとも七回、長田は脳破壊を体験している。
二カ月に一度であり、中学三年間で七回だったことを考えると、倍のペースである。中学よりも高校の方が、生徒数も多く、カップルを作ろうとする意識が高いせいもあるだろう。なにより、中学時は彼一人での活動だったのではと推測する。
関谷の協力を得ることができたため、テンポよく体験できたのだ。
インタビューで、視点が関谷に変わる。
この手法は面白い。
物語が前半とは違う展開になることを、読者に予感させてくれている。しかも、聞きながらサブキャラ紹介をしつつ、関谷が長田について知ろうと聞きまわっているのがわかる。
また占い師から「キミ、運命の恋もう始まっとるで‼」と言われ、すでに関谷が恋をしていることを意味している。
BSSの活動として、池田に接近しているからだと読者に思わせる大事なところだ。
長田の初恋と初BSSは幼馴染だったことが本人の口から明かされる。小学生になると羽が生えて、いろいろ言われるようになったから自分で折ってしまったという。そんな彼女を毎朝迎えに行き励まし、翅が痛むときはさすり、一生一緒にいるものと思っていたら、「中学に上がったら、同じ羽が生えてる奴と出会って」二人は飛んでいってしまったという。
しかも比喩ではないらしい。
比喩ならば、小学生のころからませた女の子で、それを周りにからかわれて傷つき、長田が慰めてきたけれども、中学に入ったら、口説いてきた男とくっついてしまった、あるいは二人一緒に死んでしまったのかもしれない。
友人の会話からも、「ならいいんだけど。俺は、いつかお前がまた、あの時みたいな……四階の窓からあいつらを追って飛び出すみたいなことをするんじゃないかって……」とあるので、本当に窓から飛んでいってしまったのだろう。
実際に羽が生えていたらしいので、窓から飛び降り自殺をしたのではなく、本作は有翼人種のいる世界なのだろう。
作者によれば、初恋の彼女の背中にあったのは「カワラヒワの羽」だったという。雀に似た鳥で、秋から冬にかけて日本に渡来し、春に日本を離れ、繁殖地に移動する渡り鳥である。
というわけで彼の初恋相手は、精神的物理的に何処か遠いところへ行ってしまったのだ。
初恋の喪失体験が、好きになる人はみんな去っていくのが人生なのだと悟り、トラウマとして引きずったことで自暴自棄に陥るのだけれども、その感覚に快感を覚えてしまったことでマゾ体質になったのかしらん。
だから、自分を貶めるような行為にわざわざ身をおく。
精神的自傷行為に走ることで、自分はまだ傷つくことができる生きた人間だと再確認しつつ、誰かを好きになることもできると再認識して安心感を得ようとしてきたのかもしれない。
関谷が長谷、BSS野が頭に啓かれたみたいと語っている。
「昨日、今度は私の番かと聞いて、貴方が頷ずいたとき……脳が破壊される感じがした」
長田が関谷のことを好きだけど、池田の告白を受けることでBSSを体感する。そのことに気づいた関谷がBSSを体感したということは、関谷が長田のことが好きだけど、池田と付き合えば長田との恋は叶えられなくなるからだ。
彼の気持ちを知る関谷。
そして、長田も関谷が自分を好きなことを知る。
はっきりいえば、ここで、互いに告白してるのも同じ。
だけど、二人がここで両思いになることがないのは、長田が過去のトラウマを引きずって、「俺が好きになる子はみんな、最後は背中の羽で俺の元から飛んでいってしまう……そうなるように決まってる。それが人生だ」と頑なに思い込んでいるからだ。
長田が変わるには、彼だけでは変われない。
簡単に変われない所まで根深く引きずっているから。
そんな彼を変えるために、周囲が先に変わっていく。
だから占い師は廃業し、「時代はボクシングや!」と叫び教室でグローブをはめてボクっ娘とスパーリングするのだ。
ただ、唐突に変わると違和感しかないので、長田を占おうとした占い師より先に言い当てることを、前のシーンで行っている。
占い師が占いの結果を占い前に言い当てられてしまったら、廃業せざる得ない。
だから占い師が突然ボクサーになれるし、そのくらいの変化があったあとで、関谷の「……うん、私も貴方のことが好き!」「そして、今好きじゃなくなりました。別れましょう」と言い出す。
長田は脳に極大の破壊が訪れるとおもったら、手の平を返されて、さぞかし面食らったことだろう。
「別れましょう」といった関谷は椅子の上に立ち上がって首を振ってポキポキ鳴らし、「不可避の運命なんて、明日の時間割りと変わらない! 嫌な授業は寝て過ごして、放課後遊んで忘れればいいだけ。長田はいつまでも最初の失恋を引ひきずり過ぎ! あーあ、散々悩んで損した!!」と引っ込み思案で変な子だったはずの彼女が豹変し、「あの空き教室で待ってるから」と告げて出ていく。
ここまでの変化を受けて、運命を受け入れるだけの長田は、彼女を追いかけることができるのだ。
ボクサーになりながらも、「これは占いやなくて、クラスメイトとしてのアドバイスやけど」「――あの子はけっこう嘘吐きやから、気を付けるんやで」と助言してくれている。その片鱗を、たった今見たところなので、長田は助言を素直に聞けただろう。
背中に蜻蛉の翅が生えていた関谷はすべてが嘘で、「私、長田のこと、好きなんだ。ずっと一緒にいたいな」と告白する。
ひょっとすると、本作の世界では誰かを好きになると背中から羽が生えてくるのかもしれない。関谷の場合は、昆虫のトンボの翅だったのだ。
好きな人ができると羽が生えるなら、羽を隠すことと伊達メガネや本名を偽るのは同じと推測する。
ただし、本作では比喩ではなくて実際に起きるのだ。
彼の初恋の幼馴染はおそらく、長田のことが好きになって羽が生えた。それを周りの人にからかわれ、彼女自ら折って失恋にして、諦めてしまった。
それを長田は知らずに、一緒にそばにいてあげていた。
彼女の羽がなおったのは、新しい恋をしたから。
だから彼女は、その恋人と飛んでいってしまったのだ。
翅の生えた関谷に告白すると、彼女が「私の方が先に好きだったんだから!」というのは当然である。
ということは、入学初日の自己紹介から、彼女は彼が好きだったことになる。一目惚れかしらん。
トンボが関谷の名前ではないと言っている。でも生徒手帳の「氏名欄には『関谷 蜻蛉』と印字されていた」とあるので、蜻蛉の漢字は正しいのではないかしらん。
読み方がトンボではないのだ。
蜻蛉の漢字には他に、トンボウ、カゲロウ、セイレイ、アキズ、アキツ、エンバの読み方がある。
女の子らしい名前をえらぶとするなら、セイレイやアキズ、あるいはカゲロウなんて名前かもしれない。
初恋の失恋をこじらせたばかりに、人を好きになるのに臆病になる話はよく聞く。本作も恋に臆病になった話だけれど、関谷のおかげで少しは付き合えるようになったかもしれない。
願わくば、長田が関谷と一生一緒にいられますように。
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