三章 五月連休を前に

第15話 同席


 五月一日、昼時。

 桐華は食堂でライネ兄妹きょうだいを見かけた。だが、こちらから声をかける前に、アイノが気づいて両手を振り上げる。

Heiヘイ、トーカ! ここ空いてるデス!」

 あまりの大声に周囲の学生も振り向く。桐華は苦笑しつつ、テーブルに歩み寄った。

「こんにちは、アイノちゃん、イルモさん。失礼してもいいですか?」

「この人の増える時間に、椅子が空いたままのほうが、失礼だと思うけれど」

 タブレットから顔を上げたイルモが言う。

「確かにそうですね。では、礼に則って」

 桐華は椅子の一つを引き、腰を落ち着けた。

「ムツミは元気にしているのかな?」

「睦美?」と桐華が聞き返す。「ほどほど元気に、というか真面目にやってるみたいですけど。どうかしたんですか?」

「最近、あまり彼女の姿を見ないから。まぁ、真面目にやっているのなら良かった」

 イルモがタブレットに視線を戻す。桐華は少し首をかしげつつも、バッグから小ぶりな木の弁当箱を取り出した。

Ahaaアハー、それがウワサのベントーですね?」

 アイノが興味津々のていで顔を近づける。

「そう。中身は昨夜の残り物とかだけど。アイノちゃんは何を食べたの?」

「サンドイッチとコーヒーを食べたのデス。Reikaレイカ leipaレイパのサンドイッチは最高なのデス」

「レイカ・レイパ?」桐華は首を傾げる。

「フィンランドのライ麦パンだ」とイルモ。「アイノが元気がないって言うから、ホームシックだろうって、知り合いに送ってもらった。食べさせたら、すぐ元通りだ」

 単純だよ、とタッチペンでこめかみを押さえるイルモに対し、アイノはなぜかどや顔だ。とはいえ、ちょっと顔が赤いかもしれない。

「やっぱり暑いでしょ、日本は」と桐華。

Jooヨー. もう真夏みたいデス」

「残念ながら日本の夏はこれからだし、もっともっと暑くなるよ」

Ihankoイハンコ tottaトツタ! ニホンが全部サウナの中みたいになっちゃうデスか?」

 本場のサウナがどんなものかは知らないが、あながち間違いではないだろう。桐華が頷きを返すと、アイノはテーブルに伸びてしまった。想像だけで参ってしまったらしい。

「そう言えば」と桐華。「明後日から連休だけど、フィンランドに帰ったりはしないの?」

「……決めてないデス。でも、ボクだけ帰るのはつまらないデスので、たぶんニホンにいるデス」

「つまり、イルモさんは帰らないってこと?」

 桐華がイルモに目を向けると、彼は首肯で返した。

「僕は明後日から、リサと京都に行く」

「京都ですか?」

「あぁ、リサに誘われて。この間のパフォーマンスがしっくりこなかったらしい。たぶん、僕が日本の空気にまだ慣れていないからだろうと言うんで、それを勉強しに行く」

 桐華は二度ほど目を瞬かせる。

「パフォーマンス自体は見事だとと思いましたけど。うーん、さすがトップになる人は見るところが違うのかな」

 ほら睦美も、と続けようとした桐華。だが、アイノが顔だけをこちらに向けた。

「……それは言い訳デス。ほんとは、あの女はアニキを自分のものしたいんデス」

「こら、アイノ」とイルモがたしなめる。

「そうに決まってるデス。ボクもいっしょに行きたいデス……」

「それなら、ルームメイトのモリさんに連れて行ってもらえばいいだろう?」

「もう言ったデス、断られたデスけど。……アニキもアニキデス。ムーミンがいるのに、あんな見た目だけの女に興味があるデスか?」

 イルモが処置無しというふうに首を振る。

「すまないトーカ、弁当がまずくなるだろう。アイノ、デザートはチョコレートとコーヒーで良いか?」

「……コーヒーはクリームたっぷりとデス」

 アイノが体勢そのままに答える。イルモは桐華に向けて肩をすくめて、席を離れた。

 アイノはイルモのタッチペンをテーブルの上でくるくる回している。

「アイノちゃんは、お兄さんのことが大好きなのね」

 桐華が言うと、アイノは少しキョトンとしたあと、ようやく笑顔を取り戻した。

「トーカは明日から予定はあるデスか?」

「いいえ。どうして?」

「明日、留学生のイベントが岬の広場であるデス。もちろん、ニホンの学生もOKデス。トーカもいっしょに行こうデス」

 桐華は脳内でスケジュールを確認した。講義は臨時休講との連絡が入ったばかりだ。

「いいよ。何時から行く?」

「イベントは十時からデス。ムーミンも誘ってみんなで行くデス!」

 桐華がそれに首肯しゅこうしたとき、手持ちのスマートフォン型デバイスがバイブした。アイノに断りを入れて、画面を見る。

 ――桐華の顔から、表情が抜け落ちる。

「どうかしたデスか、トーカ?」

「……ううん、何でも無いよ」

 アイノの問いかけに、桐華はなんとか笑みを作り直した。デバイスを伏せて置き、弁当箱のふたに手をかける。






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