第13話 再会


 桐華の頭にカバみたいな妖精の姿が浮かび、その唐突さにリアクションができなかった。

 だが、睦美は違うらしい。

「……アイちゃん?」

 おっかなびっくりだが、そう返した睦美。

 次の瞬間、アイと呼ばれた少女が破顔する。

Muumiムーミ! Oletオレトゥ Muumi!」

 唐突に聞き慣れない言葉で叫んだと思ったら、睦美に体当たりする勢いでハグする。驚きと喜びが相乗されたような満面の笑顔で、何度も大声を発する。

 対する睦美も、嫌がるでもなく、割にされるがままされている。少女の突撃に見開いていた目も、今は懐かしそうに細められている。

 かえって桐華のほうが、事の急転具合に落ち着かない。「えっと……」と言葉を濁す。

 と、別の男声が間に入ってきた。

「アイノ、離れなさい。彼女が困っている」

 桐華が振り向くと、まずプラチナブロンドの長めの髪が目についた。薄縁眼鏡の奥の瞳は紺色で、丸顔の輪郭も少女と似ている。紺のパーカーにイエローのシャツは、自然体なおしゃれ感が見られた。

「それに、ここは〈バブル〉ではないのだから。フィンランド語では通じないだろう?」

「オゥ、そのとーりデス。Anteeksiアンテークシ.」

 アイノと言うらしい少女が、ようやく睦美から身を離した。ただし睦美の両手は握ったまま、顔は上気して赤く染まっている。

「ムーミン、おぼえててくれてうれしいデス。六年も会えなかった。ずっとさびしかったデスよ」

 アイノがややおぼつかない日本語で、睦美に話しかけている。対する睦美も、眉根を下げた表情で相手を見返す。

 こんな好意的に人を見つめる睦美を、桐華は知らない。やはり間には入れそうにはない。

 仕方なし、桐華はもう一人の登場人物に振り向いた。彼もそれに気づいて、頭を下げる。

「……休んでいたところなのに、騒がしくして申し訳ない」

「いえ、大丈夫ですよ」と桐華。「イルモ・ライネさんですよね、小笠原リサのプログラミング・パートナーをされているという」

「はい、僕がイルモ・ライネ。彼女が妹のアイノ。よろしく」

「よろしくお願いいたします。私は青木桐華、睦美のルームメイトです」

 イルモは一つ頷いたあと、ますます睦美に顔を近づけていくアイノの襟首をつかんだ。

「アイノ、トーカさんにも挨拶しなさい」

「あっ、ハイッ」とアイノがすぐさま振り向く。「ボクはアイノ・ライネです。よろしくお願いしますデスっ!」

「うん、よろしく。私は青木桐華、トーカって呼んでくれて良いよ」

「トーカ、Hauskaハウスカ tavataタヴァタ!」

「ハ、ハウスカタヴァタ……、もしかしてNice to meet youって意味?」

Jooヨー、そのとーりデス! トーカはスオミフィンランド語が話せるデスか?」

「残念ながら、フィンランドの言葉なんて全然。さっきのはたまたま当たっただけよ」

 アイノは感心したように目を丸くしている。睦美と違い、ストレートに感情が顔に出るタイプらしい。

 ちらと横目で窺うと、その睦美はイルモと挨拶を交わしているところだった。

「……お、お久しぶりです、イルさん」

「やぁ、ムツミ……。入学、おめでとう」

「ありがとうございます。イルさんも、はるばる日本まで、お疲れさまです」

「いや、まぁ……アイノが、どうしても留学したいと言うから……」

 言葉はそれっきりで、二人とも正面から見合うようなことはしない。睦美は俯き加減だし、イルモも適当な方角に目をやっている。

「アニキ、もっとうれしそうにしたら良いデスっ」とアイノが茶々を入れる。「ずっと会いたいって言ってたデスよ」

「へぇ、それは興味深い話ね」と桐華も乗っかる。「そういえば、三人は〈バブル〉で出会ったそうだけど、どんな出会いだったの?」

 なおも恥ずかしそうに視線をそらし合う二人に代わり、アイノが小さな胸を張った。

「ムーミンがひとりぼっちだったので、ボクから言ったデス、いっしょに遊ぼうって。六年前の夏デスね。それから、追いかけっこしたり日本のこと教えてもらったりしたデス」

「へぇ、それは楽しそう」

「でも、一月くらいしたら、ムーミンは来なくなっちゃった。……今日、また会うことができて、とってもうれしいデス」

 アイノが再び睦美の手を取る。睦美は照れたような、一方で居心地悪そうな笑みを見せる。なんだかこっちの方が照れくさくなる。

「あら、いつの間にか人数が増えているわね」

 そこに小笠原リサが戻ってきた。桐華が振り向くと、手にお茶のボトルを持ってアイノに優しげな目を向けている。涼至もその後ろで一抱えのボトルを持って、控えている。

「もしかして、イルモさんの妹ちゃん?」

 イルモが「あぁ」と短く答える。リサは身をかがめてアイノと視線の高さを合わせた。

「面と向かって挨拶するのは初めてね、アイノちゃん。はじめまして、私は小笠原リサ。いつもお兄さんがお世話になってます」

Olenオレン Ainoアイノ Laineライネ. Hauska tavata.」

 急にフィンランド語で挨拶するアイノ。表情もどこか険しく、半ばにらんでいるようだ。

 リサは一瞬だけ面食らった様子を見せたものの、すぐに笑顔に戻って、姿勢を戻した。

「それでは皆さん、また機会があれば、よろしくね。……行きましょう、涼至さん」

 涼至は首肯で応じ、二人そろって通用口へと姿を消した。ロビーに残った四人は、そろって口をつぐんでいる。

 桐華はペンダントをぎゅっと握りしめた。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る