嘘を付いても良い日。ガチで実行してみたら。

いちのさつき

王子様、同級生と共にガチで嘘を付いた日

 シィーヴィシュエには妙な日があった。勇者の故郷である島国のヒューロの基準だと春頃である。内容としては普段はやってはいけないことをやってもいいというものだ。


 それはどういうものか。


 嘘を付いても良いのだ。悪い事に当てはまるはずなのだが、何故かその日だけ、許されていた。因みに国が決めているわけではない。ただ知らない間に国中に広まっていた。歴史にすら刻まれていない。そして誰が広めたのかも不明だ。きっとおかしなことをやるのが好きな人だったのだろう。


 そのこともあるのだろう。嘘を言い合って、ただ楽しくやるだけの日だ。若い人に浸透するのも納得がいく。学生の身分である王子様、アンシュも例外ではない。学生寮でうきうきで魔術師育成の学校に行く準備をしていた。やや癖のある黒髪を高い位置で結び、身なりを整え、必要なものを鞄に詰め込み、出発をする。


 学生寮から校舎まで時間はかからない。日差しを浴びながら歩く。数分で到着し、所属する教室に向かう。通りかかった誰もがアンシュに挨拶をしてくる。


「アンシュ様、おはようございます」


「おはようございます」


 挨拶の返しをしながら歩くため、あっという間に着いてしまう。既に教室に何人かいる。額に小さい角2つを生やしたぼさぼさの金髪の同級生がアンシュに近づいてくる。


「アンシュ様」


 その同級生は突然しゃがみ込み、忠誠を誓うようなポーズをとる。アンシュは目を輝かせながら、どう動くのかを見ようとする。


「ちょっと待て。その目はどうかとおもっぶっふぉ」


 同級生は何かを言う前に吹き出した。見守っていた同級生の1人、丸い眼鏡をかけている赤毛のエルフの女性が突っ込みを入れる。


「だから言ったじゃん! 普段からやる前に吹き出してる人が今日という今日で成功するわけないって!」


「じゃあお前がやれよ!」


「え。やだ。だってあたしのキャラじゃないし。どっちかというと観察する方だし」


 赤毛の女子生徒がさっと机の中からメモと羽根ペンを取り出す。


「だろうな。お前そういうのだもんな」


 ぼさぼさの同級生は呆れた顔で赤毛の女子生徒を見た。


「それで……ヴィハン、あなたは何を言おうとしてたんです? 結局笑って終わっちゃいましたけど」


 アンシュは気になったのか、ぼさぼさの同級生ヴィハンに質問した。


「えっとですね。その。うん。言いづらいのでやっぱいいです」


 ヴィハンは答えを言うことに躊躇した。


「あなたのこと、大好きです! ぜひ僕と付き合ってください!」


 赤毛の女子生徒を含む数人が声を大きくして言った。王子様相手にマズイかもしれない発言、そして廊下まで聞こえるぐらいの大きさだ。ヴィハンの頬が赤くなり、耳までも赤くなった。見せたくないのか、両手で顔を隠している。


「あ。そうだ。いっそのこと、今日だけ付き合っちゃうのはどうでしょうか? よくある女子同級生とお出かけって形で」


 赤毛の同級生は眼鏡をクイっと動かしながら提案してきた。反射したのか、眼鏡が怪しく光っている。嘘を付いても良い日だ。彼女の提案が人を傷つけるわけではないことを知っているアンシュは賛成の意を示す。


「徹底的にやろうということですね。女装はし慣れてるので構わないですよ」


 何故王子様が女装し慣れているという野暮な突っ込みはやめてもらおう。色々と彼にもあるのだ。そう色々と。


「よーし! ヴィハンとアンシュ様のお出かけ作戦、放課後に決行ということで!」


 授業が終わり、生徒の自由時間となった瞬間、アンシュ達は素早く学生寮に戻り、準備に取り掛かる。女子生徒の素晴らしい手腕であっという間に王子様を美しい女子生徒に変身したのだった。作業をした提案者の赤毛の女子生徒は突っ伏しながら言う。


「やっぱ素質が全然違いますね。やべえ。女として……落ち込む」


「元気を出してください。あなたたちのお陰で出来てるわけですし」


 アンシュはポンポンと赤毛の女子生徒の肩を叩いた。そこまで落ち込んでなかったのか、いきなり立ち上がる。


「さあ! 準備は終わったことですし、行きましょう! ヴィハン、行くよ!」


 学生がよく使う市場に到着。露店がたくさんある大通りに行き、食べ歩きをしていく。誰もが女装姿のアンシュ様に見惚れていた。睫毛が長く、唇が潤っており、肌の艶が良い。ジャスミンの飾りで綺麗な黒髪を緩く結んでいる。緑色の動きづらいワンピースのようなものという安物だが、彼が着ただけで高級そうに見えてしまう不思議さがあった。


 簡単に表現すると、顔の良いお嬢様といった感じだ。隣にいるヴィハンは朝と同じぐらい顔を赤くする。


「ヴィハン、正々堂々と、顔を上げて」


 アンシュは耳元でそっと囁く。ヴィハンはアンシュの顔を避けるように動かす。アンシュはクスリと笑い、人差し指でヴィハンの右頬を突っつく。


「照れ屋さん、なんですね。それとも緊張を? それなら食べながらリラックスしましょう?」


 アンシュは落ち着いた女性のような声でヴィハンに案をあげた。ヴィハンは大人しく受け入れた。


「そう……しときます。はい」


 その後食べ歩きをして、ぶらぶらとした。アンシュは生き生きとし、ヴィハンは恥ずかしがって、演じていた。夕方になり、学生寮に戻るまで、バレることがなかった。


「ただいま帰りました」


「おかえりなさーい」


 赤毛の女子生徒が出迎えてくれた。メッチャいい笑顔でだ。


「成功しました?」


「ええ。ばっちりと」


 拳と拳がコツンとぶつかる。


「もうやりたくねえ。つかこれ……しばらく誤解されっぱなしになるのでは?」


 ヴィハンの台詞にアンシュは微笑みながら答えた。


「大丈夫じゃないですか? 今日、嘘を付いても良い日ですし、察してくれるはずですよ。きっと」


「絶対大丈夫じゃない奴ですって!」


 ヴィハンの言葉通り、暫くは大丈夫じゃなかった。彼女持ちであるという話が市場で話題になったそうだ。誤解であることの証明が簡単に出来るわけではなかった。学生寮の皆は面白がってにやにやと様子を見ていたので。


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