第34話 夜霧よ、聖夜も… チャプター1 ジョウント
この日、TAROTの一大実験が行われることとなった。
先日遂に有人転送装置の試作機が完成。その動作実験が急遽行われることになったのだった。
各支部からも実験の様子を見ようと、皆がモニターへ食い入るように注目している。
この実験が成功すれば、これまでで最も大きな前進となる。地球への帰還が、いよいよ現実のものとなる重要な実験だ。何かできるわけでもなくてもそわそわと落ち着きの無い者が多数だった。
「こちら本部、最終チェッククリア。そっちはどう?」
『こちらボストーク1、最終チェッククリア』
今回行われるのは本部から有人転送装置が発見された施設の転送実験。その施設の名を、TAROTは“ボストーク1”と名付けた。
現在ボストーク1とその周辺には技術開発部の面々とAGE-ASISST戦力部隊、そして金城巓花と後藤智恵理の姿があった。
皆作業に追われ、マグニへの警戒をしつつも、今か今かと実験開始を待ちわびている。
有
「ではこれより、実験を開始する。有人転送装置、起動!」
本部長の江崎の言葉で、両装置が起動。
装置両脇のオブジェから一瞬稲妻が走ったかと思えば、オブジェ間に白く揺らめくオーロラのようなものが発生した。
「このカーテンみたいなのを潜れば向こうの転送装置のカーテンから出られるはず。まずはマウスで」
矢尾は部下にネズミの入ったかごを運ばせ、装置の前で外に出してやる。各員ネズミがカーテンを潜るのを固唾を呑んで見守っている。
「なんかジョウントみたいですね」
「ジョウント?」
憐人がポツリと呟いた聴きなれない言葉に、隣にいた愛美が聞き返す。
「スティーブ〇・キ〇グの小説にそんなのがあってね、瞬間移動装置、ジョウントを開発した男とその男の話をする家族の物語。
その話の中でもネズミで実験してたな~って」
「その小説ではネズミはどうなったの? 無事瞬間移動、転送されたのかしら」
「無事……だったのもいるけど、無事じゃなかったのもいる。ジョウントは寝ていないと、意識がない状態でないと使ってはダメなんだ。もし意識のある状態でジョウントを使用したら永遠へと投げ出される」
「つまり、身動き一つ取れない中意識だけが永遠ともいえる悠久の時を体験するのね」
「そう、そういったネズミは数分間衰弱した状態で何とか生きてたけど結局絶命。同じく意識を保った状態でジョウントを使用した主人公の息子も、心身共に狂った状態になっていたよ」
「じゃあもしかしたらあのネズミもそうなるかもしれないのね……」
複雑な表情になる愛美。もしそうだとしたら罪の無いネズミに地獄以上の苦痛を与えることになる。かといってそんなフィクションの話がどうこうという理由で実験を中断することなどありえない。むしろ、そういった弊害を探すための実験でもあるのだ。
フィクション通り永遠に投げ出されるか、それともまったく違う地獄を見るか、それとも地球への帰路に繋がる人類にとっての大きな一歩となるか、中々潜らないネズミの運命に、憐人が、愛美が、そして二人の会話が聞こえていた数人がドギマギして見守っていた。
「ほら、とっとと行って行って!」
矢尾がシッシッと急かし、渋々といった具合で光のカーテンへと一歩一歩近づいていく。
そしてついに光に触れ、その奥へと踏み入れた。
「通った! ボストーク1!」
『……マウス来ました!』
おぉー! と歓声が上がりかけるが、矢尾がパァン! と手を叩いてその出鼻がくじかれる。続けて問う。
「マウスの容体は!?」
モニター越しにマウスを回収し検査する様子が見て取れた。検査が終わるまでの数分間、本部も各支部も、ボストーク1にいる者たちも興奮まじりにざわざわとしながらもその時を待った。
『マウスに異常はありません! 実験は成功です!』
わあああああああああっ!!
今度こそ歓声が上がった。
誰にも止められない勢い、そもそも止める者など居ない。
声が砲弾のように圧を持って飛び交う。しかしそれを誰も不快とは思わず、自らも声を張り上げる。
隣にいるものと抱き合い、手を叩き合い、肩を組み、笑い合う。泣き合う。踊り合う。
そんな人々の発する熱気が、心の叫びが、うねりとなって充満している。
それが落ち着き、鎮まるにはそれなりの時間を有した。
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