第33話 異次元の民 チャプター3 ケル-ヴィムス
保育施設【笑顔】
そう、ここなのよね。今日は本来休園日。蒼空君みたいにご両親が健在の子は自宅で過ごしたり家族と出かけたりしている。
けれど、ここには両親を亡くしてこの施設で過ごしている子も少なくない。
「あ、愛美おねえちゃん!」
「和花ちゃん!」
和花ちゃんもその一人。私たちと一緒に神隠しに遭って、その際に両親が亡くなってしまった。
あの時今みたいな力と経験があればと、何度も悔やんできた。けれど、こうして笑顔を取り戻せた和花ちゃんを見ていると、せめてこの子だけでもと必死だったあの時の私は、間違ってなかったのよね。
「おねえちゃんあそんであそんで!」
「ごめんね和花ちゃん、今日は別の用事があって……」
「あ、蒼空君! あそぼー!」
「えっ!?」
振り返るとそこには蒼空君がいた。満面の笑みを浮かべて手を振りながらこちらへと向かって来ている。
「和花ちゃん、愛美おねえちゃんこんにちは」
「蒼空君! 今までどこにいたの!? お母さんが、みんな心配してたのよ!?」
「ケルーとあそんでたんだ。ふたりにもしょうかいするね!」
「ケルー?」
何? 誰と遊んでいたの? ともかく、一旦連絡を……
「ケルー!」
蒼空君が何もない虚空へ向かって叫ぶと一瞬景色が歪む。次の瞬間に私たちは色のおかしい空間にいた。
テスト前や受験の時に使っていた暗記シート越しに覗いたような世界。そんな奇妙な世界に、私たち三人だけが立っている。
「ここはいったい……体長に変化は無いわね、和花ちゃん、蒼空君、どこか具合悪くなってない?」
「だいじょうぶ……でもこわい」
「安心して、私が絶対に元の場所に帰してあげるから!」
「うん……」
「だいじょうぶだよ! ここはケルーのいえなんだ」
「蒼空君、この空間のことを知っているのね? 私にも教えてくれないかしら。後、さっきから言っているケルーというのは何?」
「あたらしいともだち! ケルー、こっちだよー!」
蒼空君の呼びかけに答えるように、それは私たちの前に姿を現した。
体長が二メートル五十センチ程ある二足歩行の怪物。
頭部には計四枚の翼と水晶の角、手や足にも水晶の爪が煌めいてる。
目は八つ、まったく別の生物の特徴がを持つ目が八つもある。
長い尾の先は炎が燃え盛っているけれど、不思議と熱さを感じない。引きずっているにもかかわらず、地面や他の物質に燃え移ること無くただただ燃え続けている。
コブや発光器官は確認できない、明らかにマグニとは違う存在感を放つ謎の生物がこちらへ向かって来る……!
「二人とも下がって! 変身!」
この子たちには指一本触れさせない!
「まっておねえちゃん! ケルーはわるいやつじゃないよ! ともだちなんだ!」
そう言って蒼空君は私と怪物の間に立ちふさがった。
「蒼空君!? 危ないから下がっていて!」
「ケルー!」
私の言葉は届かず、蒼空君は怪物の下へと駆けて抱きつく。
すると怪物は蒼空君を優しく抱きかかえて自身の肩へちょこんと乗せた。
「ほら、いいやつでしょ?」
「……!」
どう反応すればいいのか……正体不明の異形の怪物が、蒼空君と打ち解けていた。
「どういうことなの……? 蒼空君、説明してくれないかしら?」
正直戸惑いを隠せないでいるけれど油断はできない。いつ何があってもいいように剣は常に構えて間合いを図る。
「きのうトーラおねえちゃんといっしょにおかあさんからかくれた時にであったんだ。それできょう会いにきてくれたの」
あの時ね。つまり別位相で出会ったってこと? ということはここは本来とは別の位相ということなの?
「おかあさんのはなしつまらないからおわるまでケルーとあそんでたんだ」
「そのケルーっていう名前は?」
「ケルケル鳴くからケルーなんだ」
「ケルルル」
……なるほど。
「和花ちゃんもおいで、こわくないよ」
「やだ! こわいもん」
「こわくないって!」
「こわいもん!」
この間もずっと警戒して監察していたけれど、少なくともこちらに危害を加えようとする意志は感じられない。油断はできないけれど、蒼空君の言う通り友好的な生物なのかもしれないわね。
でも別の位相に生物だなんて……トーラさんに訊くしかないか。
通信は……やはりダメ。だったら……
――相沢君、聞こえる?
――我妻さん? 聞こえてるよ。
よかった。テレパシーは繋がるみたい。連絡手段は断たれていなかったわ。
――相沢君、落ち着いて聞いてほしい、というより見てほしいのだけれど、とにかく蒼空君は発見したわ。
――本当? よかった……それで場所はどこ? ていうか見てほしいものって……うわぁ!? 何これ? どういう状況?
私の見ている景色を彼と共有しながら今判明している情報と状況を説明する。ここが別の位相だというならトーラさんの能力で帰還できるはず。それにあの怪物のことも何か知っていないか訊いておきたい。
――ということなの。
――よくわからないけど事情はわかったよ。トーラさんに訊いてみる。その間気をつけてね。
――ええ、お願い。
脱出手段についてはなんとかなりそうね。後はこの生物……ケルーについてだけれど……どこまで信用していいものか。
「おねえちゃんもケルーの肩に乗ってみる?」
「遠慮しておくわ」
とにかく今私がやるべきことは一つ、この子たちを無事に返すこと。それに集中するのよ。
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