妹が俺のファンなんですけど!②
電車で二駅。とある会議室を押さえての合わせだった。
最寄りに住んでいるいつもの仲間が集まる、身内と呼べる小規模な合わせだ。だからこそ、茜音の同行もすんなり通ったのである。
キャリー移動を免れない俺の隣で、茜音は燦然と輝いていた。
半径……いや、下手をすると電車内の乗客全員に有頂天なのが露見するレベルである。同行人がこんなにも感情ダダ漏れであると、無性にこそばゆくなるものだ。
投げられる周囲の視線に、わけもなく肩身が狭くなる。
茜音自身は、気にしていないようだった。それともこいつは、慣れているだけなのだろうか。
ブロンドの長髪。同じくブロンドの睫毛に、翡翠色の瞳。その分かりやすい容貌は見るものを圧倒する。何かにつけて、目を惹いた。明度の高い赤茶色の髪をした俺と並べば、注目度は比ではない。
俺自身、目立つのは覚悟の上だ。この期に及んで、気に留めるつもりもない。自分が原因で投げられる周囲の視線など、慣れっこだった。
だがしかし、いつもと違う類の的はすわりが悪い。派手さだけならいつものことだが、好みのものを探るような目には慣れなかった。これに慣れている茜音の精神性を疑う。降車した際の安堵は、まずまずであった。
通行人に紛れれば、俺たちの姿もじきに溶け込む。世の中には、いくらでも奇抜な格好をした人がいるものだ。いささか派手なくらいでは、思っているよりも浮かない。
ただ学校という小さな世界では、その限りではないという話ではあるが。
「ここ?」
立ち止まった俺を、茜音が仰ぎ見る。
これほどまでに身長差があっただろうか?
この趣味がバレるまで、俺と妹は年相応に距離を置いていた。順当な成長に開いた差が、意外なほどに目に留まる。
「待ち合わせ場所な」
「どんな人がいるの?」
「言ったってしょうがないだろ」
「写真、お兄ちゃんと撮ったりしてる人でしょ? だったら、分かるもん」
「お兄ちゃんのおっかけやめろ」
「ミズキさんだもん」
「お前の兄ちゃん瑞樹さんだろうが」
「それとこれとは違うんだよ」
「同じだよ」
茜音の区別は、いっかな分からない。
俺とミズキの同一性を、とことん無視するつもりらしい。憧れのミズキさんがお兄ちゃんだったのがそんなに不服か。
「ミズキ」
音に違いなどない。同志でなければ呼ばぬ名であるのだから、喋り手の問題と言えばそれまでだ。
けれど、いつからかコスプレイヤーのミズキとして呼ばれていると分かるようになった。違いなどあるわけもないし、そんなもの分かるわけもないというのに。茜音の区別をどうこう言えた義理ではないかもしれない。
本日の参加者は、俺たちを除いて五人。主催のスズは、俺をこの趣味に引き込んだ張本人だった。
ドラマティックな出会いがあったわけではない。けれども、奇遇にも興味を持ってからは一足飛びに親交を深めた。今の俺のコスプレ技術の大部分は、スズから学んだものだ。
他の四人は元々スズの知り合いで、その辺りのコミュニティもスズに委ねてしまっている。これほど親切な友がいなければ、俺もここまでコスプレにハマることもなかっただろう。
アニメやゲームは前々から好きだったが、それで何かの活動をするという発想は俺の中にはないものだった。そして、それが面白いことだと気付くこともなかったはずだ。
俺にとってスズは、運命の相手と言っても過言ではない。
それほどの恩人であるスズに、茜音を受け入れてくれた感謝が追加されてしまった。そのうち、下げる頭がなくなってしまうかもしれない。
茜音の受け入れは、極めてスムーズだった。最初こそ、俺の背に隠れていた妹は、たちどころに場に溶け込んだ。引っ込み思案のくせに、人好きするやつなのである。
この場においては、同類であることも幅を利かせていたのだろう。
俺がコスプレをしているのは、ミシュ・カブラというファンタジアオンラインの登場キャラクターだ。
ファンタジアオンラインは、FOと略されるオンラインゲームが元祖である。そこから、アニメやアプリゲームへと派生した大型コンテンツだった。
ミシュは、魔法使いの女の子だ。ローブによって身体のラインが隠れる長身ということもあって、俺がコスプレをするにはピッタリのキャラだった。
そして、今日のメンバーは、このファンタジアオンラインキャラのコスプレをしている。
茜音は、FOのオンラインゲーム開設当時からの古株らしい。距離が縮まるスピードが速いのも頷けるというものだ。
茜音の一番好きなキャラは、ミシュだった。ミシュたん呼びで、重症患者であることは火を見るよりも明らかである。
これに理想とまで言わしめるコスプレの完成度は、自惚れるものだ。しかし、これに見初められたからこそ、女装趣味が露呈したとも言える。複雑な心境であった。
一思いに、コスプレイヤーのミズキとして喜んでおくのが得策なのだろうか。兄としての心情は、なかなかどうして手に余る。
この場への親和性の速さも、閉口してしまうものだった。実に上手くいき過ぎている。
我が妹ながら、愛想のいいやつだ。それはどう考えても、長所だろう。けれど、俺には我が儘なくらいの内弁慶を爆裂させるのが常だった。そいつの外面のよさが受け入れられているのが、どうにもすっきりしない。
なぜ、俺にはこうあってはくれないのか。少しは兄ちゃんに懐いちゃくれないものか。
心が狭いと言われても、それはそれである。
滞りなく着替えを終え、茜音を除く全員がコスプレ姿となった。和気藹々とした輪に、茜音はけろっと混じり合っている。
水色や緑色などの髪色に混ざっても、茜音の姿は見劣りしなかった。かえって作り物ではないブロンドが精彩を放っているくらいだ。
「可愛い妹さんだよね」
「……厚かましいってやつじゃないか?」
「どうして? みんな嬉しそうじゃない?」
周囲の反応を持ち出されると、圧倒的に弱い。何を差し引いたとしても、社交辞令ばかりとは言い難かった。
「やるほうに興味はないのかな?」
「さぁ……? 聞いたことないな」
茜音は生のコスプレ集団にテンション爆上がり中だ。それは遠目でもよく分かる。そもそも感情垂れ流しの茜音がそうなるのは、ある程度読めていた。
しかし、スズまでもが負けず劣らずに目を輝かせてる。
どうやらコスプレ映えしそうな人間を見ると興奮を抑えきれないらしい。なんという性癖であろうか。同志であることを認識したうえでの発動であるから、辛うじて目を瞑られているだけだ。
「茜音ちゃん」
スズはその推進力に突き動かされるように、茜音たちの輪に猛進していった。
こうしてみると、真に美しい集団である。
同じコスプレ仲間だが、女装というポジションは珍種だ。探せばそれなりにいるのだろうが、うようよしているわけでもない。
俺のコスプレ仲間も、九分九厘が女性であった。
その煌びやかな一部に妹が含まれたというのは、気忙しいものだ。飛び込んでくる風景の異質性ばかりを捉えている。
茜音は眩いばかりの笑顔を咲かせていた。ここまでにこやかな姿を見るのは、かなり久々である。不仲とまでは言えない兄妹だ。だが、こんな風に連れ立って遊びに出かけることはめっきりなくなっていた。
歳を考慮すれば、物珍しい距離感ではないだろう。けれど、俺たちのそれは、意図していた部分がある。確定できる物証があるわけではないが、思惑がなければ今のようにはなっていない。
俺たちは、仲が悪い兄妹ではなかったのだ。昔は手と手を取って、野山を駆け回っていた。その中に、同じアニメを見て楽しんでいた記憶もある。
戦隊ものにハマったのは、俺よりも茜音だった。変身ポーズを何度も取った過去を顧みれば、こうした趣味に走ったことも妥当であるのかもしれない。茜音はそのときもそれを見てはしゃいでいたから、構図は今とまるで変わりなかった。
まあ、いいか。
何にしても、茜音がのびやかであるのならそれでいい。そう思ってしまうから、俺はどうあがいても妹に甘いと言われるのだろう。
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