第5話 移転
「グラビティが移転? どうして?」
今日はグラビティに来ている。知っているバンドがたくさん出るのでお客も知っている顔ばかりだった。
グラビティ移転のニュースはみんなに衝撃を与えた。いったいなぜいきなりそんなことに。事情を知っている子が説明してくれた。
〇〇〇
先週、春の大型連休が終わった辺りにグラビティ、フルムーン、ハーフウェイの店長三人が一緒に飲んだときのこと。
場所はイオアイ市駅前にあるクラブ・ランディング。そこの店主は元バンドマンでライブハウス界隈の人はもちろん、それ以外の人もたくさん訪れて店は大繁盛している。
三人とも最初は愉しく飲んでいたそうだが、酒の量が増えるにしたがって怪しい空気になってきた。
グラビティの店長・
「うちは立地がね、元バーを改装したわけで。隣は高級焼肉店じゃないですか。ライブハウスに来る子たちがついでに寄る店じゃないわけで。駐車場だってホテルの駐車場でちょっと高いし、グラビティに比べて気軽に行きづらいんですよ」
そんな感じで不満を並べていた。
「さっきから周りの配置環境に文句ばっかり言ってるけど、それ以外の努力したの?」
グラビティ・戸塚さんは真顔で問う。答えは分かっていた。
オープンして三ヶ月かそこらで結果なんて出ない。それなのに立地を言い訳に愚痴を並べる目の前の女性に少なからず腹が立っていた。
今日の集まりは、近郊のライブハウス店長同士の親交を深めるのが目的だった。もちろん、新規ライブハウスを開店したばかりで不安が多いであろう伊吹さんへのアドバイスもしている。
伊吹さんは以前、隣町のライブハウスハーフウェイで働いていた。ブッキングを長く担当しており、地元バンドとの繋がりを深めてきた。
伊吹さんはハーフウェイの近くにライブハウスを開店するつもりはなかった。礼儀としてはもちろん、ハーフウェイでずっとやってきたのだから客層が被ることも懸念された。
イオアイ市にはグラビティがあったが、グラビティにはない色のライブ企画をやろうと思っていた。客層がそんなに被ることはないはずだ。グラビティもフルムーンも切磋琢磨しながらやっていきたいと思っていた。
しかし伊吹さんは実際にライブハウスを開店して思った。環境が、ライブハウス向けではなかったと。
「そりゃそちらはイオアイ公園があるし、近くにファミレスもコンビニもあるじゃないですか。最高ですよ。ライブのついでに桜まつり行こう~なんてなるじゃないですか。なかにはライブがついでになる子もいるかもしれませんが。あと駐車場、そう格安の駐車場があるじゃないですか! うちの近くの駐車場の半額ですよね、それだけで気軽に足を運べますよ」
伊吹さんは思っていることをそのまま吐き出した。グラビティは確かに恵まれているかもしれない。格安駐車場は本当に便利だった。この田舎は車社会だった。終電も早い。どうしたって車でライブに行く。
ライブが終わったあとにファミレスに寄ったり、ライブ前にコンビニに寄ったりする。真夏は汗ふきシートを買ったこともあったかな。それに大きいホテルが近くにあるので遠征組も来やすいだろう。
「立地だけじゃないでしょ~てれれーん♪」
伊吹さんの愚痴を聞いている間に酒がまわり、戸塚さんはナチュラルハイになっていた。
もう一杯飲んだら歴史の話が始まるだろうと思われた。伊吹さんの顔が徐々に赤くなっていったのに気づくことはなかった。
「じゃあ勝負しましょう!」
伊吹さんが叫ぶ。ちょっとびびる戸塚さん。
ハーフウェイの店長・
「お互いに推しバンドを選出して対決しましょう。バンドの選出によって私たちの目利き、采配、力量、センス、バンドからの信頼度が分かるでしょう。それを測りましょう、観客に判定してもらいましょう」
伊吹さんは目を見開いて熱弁している。戸塚さんには、よく分からない状況だった。
「自信がないんですか? ライブハウスは立地じゃなくて努力なんでしょう? そうおっしゃいましたよね? ではそちらが負けたらうちの店と場所を交換するという条件でどうですか。立地じゃないならもし負けたってそちらはそんな困ることもないと思うので、そんなに厳しい条件じゃないですよね」
伊吹さんは勝ち誇った表情で言う。鼻穴がふくらみ鼻息が荒い。
「受けて立つ!」
ほぼ酔った勢いであろう、戸塚さんは勝負を受けてしまった。
これが移転をかけた勝負のいきさつですと、いつもライブハウスにいる
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