六花とけて、君よ来い――3月号
「ほう、毒と文化の特別展」
腕を組んで納得したように唸ってしまった。全くもって、デートだと浮かれた俺としては納得したくなかったが。
知らなかったのかとでも言うように、隣に並ぶ
全くデートの雰囲気ではないなと薄々と感じていたが、これで確定した。
深川さんは毒に興味があるだけだ。ただっぴろい学校の食堂でもお一人様余裕の孤高女史。むしろお一人様という表現自体に必要はあるのかとこき下ろしそうな唯我独尊女史さまさまである。
蓋を開けてみれば、偏屈ではあるが猫好き……な、型にははまらないタイプだ。雪山のように閉ざされているかと思えば、話しかけれぱ返事はするし、些細な世話に礼をしようとする。
二年間、壊滅的な携帯操作を一から指導した俺には敬意を向けてくれている、はず。
「コレ、俺、必要?」
自然科学博物館の前で訊くには、滑稽な質問だなと後から思った。溢れたのは虚しさ増し増しな気持ちだ。
ぱちりと瞬き、真っ黒なロングヘアーが揺れる。少し気まずげな顔から、本人が反省したことを察することができた。ポスターを指さしながら、説明するように答える。
「アプリとコラボしているみたいなので、教えてもらおうと。食堂の掲示板にもポスターが貼ってあるので知っているとばかり思ってました。……毒、苦手でしたか?」
「いや、全然」
そう返しつつ、誘われた理由に納得してしまった。
俺の微妙な顔に深川さんが気付くわけもなく、ほっとした顔を浮かべる。
「ゲームで毒にやられたと元気に言っていたので平気だと勝手に断定していました」
「他には誘う相手いなかったの?」
こんな質問をしても変に勘ぐらず、素直に答えるのが彼女だ。
「誘いましたけど、来るかどうかの前に、怖がっているようなスタンプは返されました」
「ほう、断られたと察せられたと」
「なので、へこたれそうにない
「そうだね、へこたれないね」
自分の妄想にヤられただけだもんな、うん、彼女は悪くない。博物館の展示をちゃんと把握して、準備をする最中に気付けばよかったのだ。何なら、現地集合でと言われた時点で気付くべきだった。まぁ、深川さんだからと流して、デートだと思い込んでいた俺が恥ずかしいだけだ。何点か文句をつけてやりたいが、悲しいことに彼女は悪くない。
俺の途方にくれた想いに感づくこともなく、深川さんは携帯をつついている。
「アプリのダウンロードはできたんですが、起動? した後の設定がよくわからなくて。位置情報は提供してもいいものですか」
見上げてくる目線に違和感を覚えて、距離のせいかと思い、姿勢のせいだと半拍遅れて気が付いた。食堂で座る時は目線が一緒だ。
俺が意識しても、己をつらぬく彼女は深刻顔だ。
「谷隅先輩でもわからないとなると、係員に訊くしかありませんね」
「待てまてまて、わかるわかる。位置情報な、一回設定せずに進めてみて、必要なら設定して、使わない時は切ることをオススメする」
「設定せずに進める?」
眉間にしわを寄せる深川さんを見かねて、一言断りを入れて画面を覗きこむ。右下のスキップの文字を指差してやった。
彼女の指は言われた通りにボタンを押して、画面が切り替わる。ポスターを確認して、イベント情報のページに移ると『位置情報が読み込めません』と表示された。
展示を見ながらした方が早そうだ。
「先に入ろ。チケット買ってこようか」
「大丈夫です。前売券あります」
「え?」
「友人に買い方を教わりました……いや、ほとんどしてもらったと言った方が正しいです」
そう言いながら、機械音痴の画面からオンラインチケットが出てきてみろ。
しばし、フリーズしてしまったじゃないか。
何でだろう、チケットを俺の分まで買ったことよりも、オンラインで買ってしまう急成長にツッコむよりも、その友人誰だよ、と思ってしまった。
「またお礼はいらないと言われると思って、チケット代を払うことにしました」
感情とぼしい顔で自慢げに言われて、立つ背もない。それなりの付き合いの中でわかってはいたが、彼女は良かれと思いその通りに行動するのだ。防水機能付きだからと携帯を洗おうとしてみたり、礼として上限は三千円と提示して俺に要望を聞いてきたり。
下心がないところが美徳だが、うん、わかって、俺のプライド。深川さんにとって髪の毛一本分の価値もないだろう俺の気持ちわかって、割とガチでお願いしたこともあるが、私の気持ちは考えてもらえないのですか、と裁判の切り返しのように言われて見ろ。へこたれない俺だって、へこたれる。
少々疲れても、彼女が真っ直ぐだから何だかんだ、無下にすることができない。
今月で俺が卒業するとしても、彼女には関係ないのだろうなとさみしくなった。手懐けた猫の気まぐれに振り回されてばっかりだ。
ま、地元だから関係ないんだけどな。彼女の出身が何処かも知らない俺は猫が死に際を見せないように、彼女のやわらかい部分は見せてもらえないのだろう。
「行きましょ、先輩」
「へいへい」
適当に返事をして、揺れるロングヘアーを追う。
もしかしたら、見納めかもなと物悲しく思ってしまったのは、きっと卒業を控えて感傷的になってるせいだ。
ずんずんと前へ前へと進んでいた背中が止まる。
「インランドタイパン!」
小さな歓声からとても興奮していることがうかがえた。
特別展に、今まで見たこともないきらきらとした目で見ていたことに、さらに頭を抱えたくなったのは別の話だ。
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