尖塔群の魔法使い

秋ノ尾

プロローグ

 魔法の王国の王都より北に遠く離れた地。寒さの厳しいこの土地に住む人は少ない。

 季節は冬。貴重な北国の短い夏はとうに終わり、真っ白な雪がすべてを覆いつくしていた。

 北の地方でも有数の大きな湖とそれに沿うようにして広がる深い森。夏のあいだは吸い込まれそうな群青色を湛えていた湖も、今は分厚い氷がはっていて、さらにその上には白く雪が積もっている。時おり、厚い氷にヒビが入る音が低く響く以外は何の音も聞こえない。雪の白さと静けさと寒さが支配する世界だ。

 その湖のほとりに尖塔群と呼ばれている古い石造りの建造物がある。中央にそびえる巨大な塔を中心に何百もの尖塔が無秩序に建っていた。そしてさらにその塔の隙間を埋め尽くすように何千もの屋根が幾重にも重なりあっている。住人の数は五千人ほど。この建造物郡は強力な結界魔法を駆使して北方の封印を守っているといわれている一族が治めていた。

 数ある尖塔の中で一番細くて小さい、湖に張りだした尖塔がある。

 その尖塔の最上階の一室。暖炉では蒔が音を立てて燃えている。床には、この地方特産の全身を長い毛で覆われた牛からとった毛を染めて織った鮮やかな色のふかふかとした敷物が敷きつめてあり、部屋は細かい彫刻の施された調度品でひしめいている。屋外は氷点下の世界だが、室内は分厚い壁と暖炉のおかげで暖かい。

 部屋の暖炉の横では一人の少女が揺り椅子に揺られながら寝息を立てている。手元には読みかけの本が開いたままになっていた。

 透き通るようなブロンドの髪。細いが量のある髪の毛を縦にゆるく巻いている。窓の外に降りつもる純白の雪に勝るとも劣らないほどの白い肌。簡素なハイネックの白い毛織りで出来た厚手のワンピースに身をつつんでいる。歳は十四、身長は145センチ。

 まだ幼さの残るこの娘はこの城の城主の末子であり、この城の第六十三番目の継承候補者。名前をマリアと言った。

 この小さな尖塔から出ることを許されない、未だ外の世界を知らない女の子だった。

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