Episode002:ミディアム・レア

(no name)

Episode002:ミディアム・レア


侮蔑の意であると同時に、羨望の念でもあった。そこで、こっそり後をつけ、紐で首を絞めて殺した。彼女の話を要約すると、だいたいそう言うことなんだと思う。


本当に、馬鹿なんじゃないかと思う。


これだから売春婦は、どこか先天的に欠陥のある肋骨で造られた人間だと、思われる。だから、喜んでこの仕事をしていると思われて、売値が全て自分の報酬だと思われる。それに、それの半分か半分以上が、みかじめの男や、月や星の周期のよう、定期的に現れたり隠れたりする男に持ってかれても、市民税を市長の男に納めていないから、市民ではないと思われる。そして、善良ではないから、いとも簡単に人を殺めてしまえる人間だと、思われる。そもそも売春婦は、人間だと思われていない。


「そう。その、ぶべつの意であると同時にせんぼうの念である、なんとも、こん…」

「混沌とした?」

「そう、その、こん…」

「混沌とした」

「そう、その気持ちになったの。赤と黒に緑と紫を混ぜたような」


身振り手振りを交え、彼女が説明する。その都度、胸が揺れ、丈の短いランジェリーの襟ぐりに乳首が突っかかる。この期に及んで、まだ、当然のことのように思っているところが、また、腹立たしい。


「だからって、殺すことないじゃない!!」


昨日、『いつか紐で首を絞めて殺してやる』と言った女が、今日、わたしの部屋で、紐を首に巻き付けて、死んでいる。


「わたしが疑われる!」


わたしは言って、顔を覆った。


「どうするの?」

「今、考えてる」

「ねぇ?この女とは本当になんでもなかったの?」

「今、それどころじゃないでしょ」

「そうね。もう、死んじゃってるし。で、どうするの?」


わたしは、顔を覆うのをやめ、言った。


「買い取ってもらう」

「隠ぺいするの?」

「それしかないじゃない」


彼女がうなずく。


「あんた、警察に本当のこと話す気、ある?」


彼女が首を振る。


「だったら、それしかないじゃない」


わたしは、女の左横にしゃがんで、一応手首を持ってみたが、案の定脈はなかった。


「腎臓と肝臓と子宮は、闇業者に買い取ってもらう」


彼女がうなずく。


「髪の毛は床屋に買い取ってもらう」


もう一度うなずく。


「あとは全部、肉屋に買い取ってもらう」


わたしは、女の手首を床に落とした。そして、侮蔑の意であると同時に羨望の念で、女のことを見た。女は、左右の目は閉じ、額の目は見開いていたが、その目は、燭台の明かりが行き届かずに、四隅が赤と黒に緑と紫を混ぜたような色した天井の、もうどこも、見ていなかった。


わたしが、丈の短いランジェリーの裾をピンヒールのかかとで踏まないように気にしながら、女の左横で立ち上がると、彼女も、女の右横で立ち上がって、言った。


「でも、臓物の一部も、Tボーンもないなんて、あやしまれない?肉屋は警察より、肉の部位は気にするわ」

「肋骨≪スペアリブ≫の部分はあるから問題ないわ」

「わかったわ。でも、牛にも豚にもある部位が人間にもあるなんて、あやしまれない?」

「神は、解剖医ほどは死因は気にしても、付け合わせ程は気にしないから、問題ないわ」

「わかったわ。だけど、天使が奉仕の精神で殉ずるならまだしも、悪魔が奉仕の職に就くなんて。それって、よくあること?」

「ええ」


本当は、半分、レアなんじゃないかと思う。


「もう一度聞くけど、あんた、警察に本当のこと話す気、ある?」

「ないわ。神に誓って」

「じゃ、ビニールシートとカミソリとステーキナイフを持ってきて。誰にも、まさか人ではないものを殺したなんて、思われないように」

「わかったわ。パセリ入りのバターはいらない?」

「いらないわ。ニンジンのグラッセもマッシュドポテトもクレソンもいらない」

「わかったわ。でも、塩コショウはいらない?」


本当に、馬鹿なんじゃないかと思う。



<了>

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