第12話 黒薔薇姫の真実5



 ブリュノの告白は続く。


「でも、あのとき捕まらなくてよかった。シロンのやつも、レモンドの秘密に気づいてたんだ。あやうく、あいつを野放しにするとこだった」


 たしかに、リュドヴィク殺しでブリュノが捕まっていれば、レモンドはシロンに殺されていただろう。取り引き後に自殺という形だったかもしれないが。


「そう。だから、シロンはアドリーヌに近づいた。あいつには彼女への愛情はなかっただろう。愛情のように見えたのは、すべて演技だ」

「だよね。ヒドイやつだ。剣でひとつきしてやったよ」


 リュドヴィクもシロンも最低の男だった。自分が公爵に……富豪の当主になることしか考えてなかった。

 レモンドが自分の命にかえてアドリーヌに令嬢の立場を返したとしても、シロンがアドリーヌを大切にしたとはかぎらない。結婚さえしてしまえば、そのあとはアドリーヌがおとなしいのをいいことに、好きほうだいをした可能性だってある。


「でも、サミュエルは違う。あいつはほんとにアドリーヌを愛している。なんで、サミュエルまで狙ったんだ?」


 ブリュノは少したじろいだ。


「あいつも急にアドリーヌに近づいたから、てっきり、レモンドとアドリーヌのすりかえに気づいたんだと思ってた。だって、そうでなきゃ、ふつうなら公爵令嬢のレモンドをくどくじゃないか」

「サミュエルは変わり者なだけだよ」

「そうか……すまないことしたな」


 サミュエルとアドリーヌが親密になっていくあいだ、ブリュノはテルム家を離れていた。だから、勘違いしたのだろう。

 リュドヴィク殺しについて、サミュエルが何かを知っているふうだったから狙われたと思ったが、そうではなかったのだ。


「僕がしたのは、それだけだ。あとのことは知らない」


 令嬢を狙ったのはシロンだし、ワレスたちを閉じこめたのはメラニーだ。


「納骨堂でおれを襲撃してきたろう?」

「ああ。そんなこともあったね。あのときは屋敷に曲者がいることにして、君の目をそらそうと思った。ヒールの高い靴をはいて、わざと懐剣を使って」

「でも、あのとき、おまえはテルム家にいなかったはずじゃ?」

「夜には役者たちが来るって話だったから、ひと足さきに来てた。君は調べものをしていて、僕とギュスタンの到着に気づいてなかったんだろう?」

「なるほど」


 これで事件は解決か。

 しかし、そう思った瞬間、ブリュノは剣をぬいた。すばやく、ワレスに切りかかってくる。ワレスも剣をぬいて応戦した。


「やめろ。ブリュノ。おまえを捕まえる気は、おれにはない」

「でも、レモンドの秘密を公爵に話すだろう?」


 それは、話すつもりだ。

 たしかにレモンドはかわいそうだ。だが、それでは本来、公爵家の姫君として生きていくはずだったアドリーヌが、もっとかわいそうだ。サミュエルとの仲だって、アドリーヌが令嬢でさえあれば、なんの障害もなくなる。いくらなんでも、本物の公爵令嬢をこのまま召使いにしてはおけない。


「フィニエ侯爵は娘をひきとり、持参金つきで嫁がせるまで責任を持つと言ってる」

「それだって愛人の子だ。公爵令嬢のままでいるのと、世間への体裁がまったく違う」

「じゃあ、アドリーヌは不幸になってもかまわないのか?」

「アドリーヌがフィニエ家へ行けばいいだろ?」


 剣と同時に、言葉の応酬も絶えない。困ったことに、ブリュノは思っていたより、剣の使い手だった。するどい突きが連続でくりだされてくる。納骨堂ではハイヒールをはいていて、本気を出せていなかったようだ。


「君さえいなければ、まだ秘密は保てる。悪いが消えてくれ!」


 マズイ。ワレスが本格的に剣をにぎるようになったのは、騎士学校に入ってからだ。子どものころからまじめに訓練している相手には、どうしても一歩およばない。


 するどい突きのあと、ブリュノは一瞬、体勢を低くして、騎士剣をよこにないだ。試合では禁じられている足を狙う技だ。足をつぶして敵の動きを止める。


 それをさけるために、ワレスはうしろにとびのき、そこにある椅子にぶつかった。室内だから障害物もたくさんある。バランスをくずしたところへ、ブリュノの剣が——


 嘘だ。やられる。殺される。

 一瞬、ルーシサスの笑顔が脳裏に浮かんだ。


 だが、まるでその幻想を断ち切るように、誰かが室内にかけこんでくる。ワレスの頭上に剣をふりあげるブリュノを、背後から押さえつけた。


「させないよ。彼は私の大事な人だ」


 見あげる姿は逆光になって、まるで天使が降臨したかのよう。

 不覚にも涙がこぼれそうになった。

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