第十二話 黒薔薇姫の真実

第12話 黒薔薇姫の真実1



 翌日。役者たちは舞台があるので帰っていった。

 静かになった屋敷のなかで、ワレスは最後の証拠集めをする。奥方や産婆の証言を聞いた。


 すでに犯人に勝負をかけることはできると思う。

 だが、もっとも肝心のリュドヴィクやシロンの殺害に関する証左はない。ワレスの推論だけだ。


 サミュエルは意識をとりもどした。が、ワレスが期待したようなことを見聞きしたわけではなかった。リュドヴィクが殺される前の数日、シロンが彼をつけまわしていたということだけだ。それはシロンがレモンドを脅迫していた証にはなるものの、ワレスが今、欲しい情報ではない。自分を襲った人間もよくおぼえてないと。


 ワレスは賭けてでることにした。罠を仕掛けて、犯人をあぶりだす。

 そのためには最大の秘密を有している人物にゆさぶりをかける。


 というのも、思いだしたことがある。以前、ジェロームと遠乗りの競走をしていたとき。変な音を聞いた。古代兵器のそれではないかと思ったが、ジェロームは木こりが木を倒したのだろうと言った。


 あのあとすぐに、レモンドが森へ出かけていったのも気になる。彼女はとても急いでいた。しかも、森のなかでは同じ場所で立ちつくしていた。あれは誰かを待っていたのではないかと思う。


 ワレスは馬に乗って、もう一度、あの場所まで行ってみることにした。ジェイムズが追ってくる。


「ワレス。どこへ行くんだ?」

「森だよ」

「森に何か?」

「あるかもしれないし、ないかもしれない。ただ、あのとき、ジェロームが言うように木こりがいたなら、オノを使う音が何度も聞こえたはず。おれはどうしても、音は一度しかしなかった気がするんだ」

「そうだな。私も聞いたが、たしかに一回だった。雷のような感じだったな」


 ジェイムズと馬をならべ、以前、音を聞いたあたりへむかう。森のなかはどこも似かよっているものの、ここには目印になるものが多い。遠くからでも目につく大木があるし、近くには狩小屋が建っている。


「このあたりだったよな?」

「私はここを通りすぎた直後に聞いたな」

「周辺を調べてみよう」


 二人であたりを探索する。


 枯れ葉舞う森のなかに木漏れ日がさしこみ、光と影が幻想的な縞模様を作っていた。楓や銀杏、ブナ、栗、シラカンバ。どの木も金、朱金、幹は白金に輝いている。陰影の暗さがむしろ妖しい。


 なぜだろう。神の国へ迷いこんだような錯覚が起きる。このまま、もとの世界へ戻れなくなればいいと、瞬間、思った。


 そうすれば、もう悩むことはないし、もしこの場所で命をなくしても、それはとても静謐せいひつな死である気がした。


 いや、何よりも、ジェイムズがいるからなのかもしれない。二人でなら、それも楽しいと……。


 そんなことを願ってはダメだ。今度はジェイムズが帰ってこなくなる。

 きっと、さみしいだけ。

 今ここにルーシサスがいないから、ちょっと誰かにすがってみたくなったのだ。

 そう思うことにした。


「倒木だな。ワレス」


 ジェイムズがそう言って、馬を迂回うかいさせようとする。目印になる大木をかするように、細めのブナが倒れている。


 森のなかの樹木は並木道のように整備されているわけではない。倒木や折れた枝もたくさんあった。


 だが、そのとき、ワレスは気づいた。自然に倒れた木は、幹が朽ちたり、雷に打たれたりしたものだ。でも、その倒木は折れた幹の根元が、やけにキレイだ。刃物が入ったあとがある。


「変だな。これ、斧で倒されてる」


 ワレスは疑念を感じたが、ジェイムズはとくに何も思わないらしい。


「ああ。じゃあ、やっぱり、あの日、木こりがいたんだな。ジェロームが言ったとおりだったんだよ。もしかしたら、あのとき、私たちが聞いたのは、この木が倒れる音だったのかもしれないね」


 そう。たしかに、音の正体はこの木だろう。なぜなら、行きに通りかかったとき、こんな倒木はなかったからだ。帰りは注意してなかったが、今にして思えば、あったような。


 だが、木こりの仕事にしてはおかしい。


「木こりなら、なんで倒したまま置きっぱなしにしてるんだ?」

「思ってたより細かったから、とか?」

「太さなんて見ただけでわかる。だとしても炭の原料にはなるだろう」

「じゃあ、間引きかな?」

「間引きするほど密集してない」

「なら、木が乾燥するのを待ってる?」

「それなら枝を落として、材木置場に移動させるんじゃないか?」


 ジェイムズは黙りこんだ。一瞬のち、ニコリと破顔する。


「わからないよ。お手あげだ」


 ワレスは思案した。

 この木は確実に人の手で故意に倒されている。放置しているのは、木材として利用するためではなかったということだ。


 そのあとすぐに、やってきたレモンド。令嬢はあせっていた。誰かと待ちあわせをして……あるいは、すでに約束の時間に遅れていたのでは?


 だとしたら、この木はレモンドを殺すための罠だったのではないか?

 たとえば、倒れる直前まで幹に切りこみを入れ、木の自重で倒れる時間を計算しておけば、呼びだした相手をその木の下敷きにできる。倒れる方向は切りこみを入れる位置で、あるていどコントロール可能だ。


 やはり、レモンドと直接対決するしかないようだ。

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