第11話 ある秘密4
おかげで秘密を知っている人物がわかった。
ワレスはアレクシに頼んで、彼の父、ラ・フィニエ侯爵のもとへ案内してもらう。
侯爵にはさっきも聞きとりをしたが、そのときにはそっけない返事しか聞けなかった。
だが、アレクシにつれられて、ワレスが侯爵の居室へ入ると、彼は渋い顔をした。何かを感じとったようだ。
侯爵は五十代の今でも、かなりの美男だ。息子のアレクシも女性的な美青年だが、父親はそれどころではない。若いときなら、どこへ行っても衆目を集める美貌だったろう。今のワレスのように。
「ラ・フィニエ侯爵。あなたと二人で話がしたい」
「私には話すことなどない。さっきもそう言ったろう?」
「ほんとにそうですか? では、あなたの息子の前で、あの話をしてもかまいませんね?」
侯爵は嘆息して、アレクシを退室させる。
「リュドヴィクのことはもういい。病死したことにするから、このまま帰ってはくれないか?」
「あなたの醜聞を今さら蒸し返されては困るからですね?」
侯爵は形のよい眉をかすかにしかめる。
「醜聞というほどではないだろう。貴族なら浮気の一つや二つはあたりまえだ」
「やはり、そうか。では正直に答えてください。二十年前につきあっていた女の名前を」
「そんなもの、おぼえてない」
たしかにそうかもしれない。
ワレスだって、今は交際した女たちを全員おぼえている。が、二十年もたてば、ちょっとわからない。一度や二度、遊んだだけの相手のことは忘れてしまうかもしれない。それくらい大勢とつきあっている。たぶん、フィニエ侯爵もそうだったのだ。
「まあ、あなたなら相手にはことかかなかっただろう。でも、同じことをつい最近、リュドヴィクが聞きに来たはずだ。そのときには、どう答えたのです?」
侯爵が口を閉ざすので、ワレスは続けた。
「おそらくだが、リュドヴィクの知っている女が、テルム家にいたんだ。だから、その女とあなたが過去に関係していたのかどうか問いつめた。そうでしょう? あるいは自分たちの胸にあるアザについて言及した」
しかたなさそうに、侯爵はうなずく。
「私は彼女が娘を生んでいたなんて知らなかった。急にいなくなったのは、夫に私とのことが
以前、アドリーヌから聞いた話では、彼女の実の父は死んだはずだった。が、じっさいにはそうではなかったのだ。メラニーは暴力をふるう男から逃げて、愛しい侯爵さまの子を一人で生み育てることを決意した、ということだろう。
「あなたは当時、すでに今の奥方と再婚していた。あの奥方なら、妾に子どもができたなんて知れば、相手の女を殺しかねないでしょうから」
「だろうな。奥は私にベタ惚れだ」
それでだいたいの事情はわかった。
しかし、なんというぐうぜんだろうか。たまたま花婿候補として集められた五人のなかに、まさか、そんな関係の人間がいるなんて。
いや、ぐうぜんではないのか? きっと、もともと交流があった家同士だから、花婿候補にも選ばれたし、過去のしがらみも生まれたのだ。
「わかりました。リュドヴィクは彼自身の行いが悪かったとあきらめてください。だが、あなたの娘はどうするんです?」
「娘ならば、ひきとろう。奥が嫌がるだろうから、ともには暮らせまいが、わが家から持参金を持たせて、つりあう家に嫁に出す」
フィニエ侯爵は少し嬉しそうになった。笑うと、やはり魅力的だ。
「どうだね? 私の娘は美しいか? 女の子を育てるのは、父として格別だという話だが」
「たいへんな美女ですよ」
「そうか。アドリーヌと言ったかな? 苦労をさせてすまぬと伝えてくれ」
ワレスは押し黙る。
やはり、侯爵も勘違いしている。それについては、リュドヴィクは何も言わなかったのか。
「ええ、まあ」と言葉をにごしたのち、ワレスはフィニエ家をいとまごいした。
奥方の泣きごとにつきあっていたジェイムズを救出してから、テルム家へとひきかえす。
「待ってくれよ。ワレス。何かわかったのかい?」
「ああ。わかった。犯人の目星もついた」
「えッ?」
「なんでおどろくんだ。そのために、フィニエ家に行ったんじゃないか」
「だって、私には、侯爵が女性にモテモテで、若いころには、ずいぶん奥方を泣かしてきたってことしかつかめなかった」
放置してたのに、ワレスと同じゴール地点まで来ている。なんなら、ワレスより近道だったのではなかろうか。
「そこが問題だったんだ」
「そこ?」
「ああ。ただ、リュドヴィクを殺した方法が、まだわからない」
「古代兵器じゃないんだろう?」
「たぶん、たまたま、それに似た形の傷跡ができたってことなんだろうけどな」
次はそのわけを探さなければならない。
フィニエ侯爵の屋敷も皇都のなかだから、さほど時間をついやすことなく、テルム家へ戻ることができた。
しかし、どこから手をつけるべきか。犯人の部屋に凶器となったものが残されているだろうか?
そんなことを考えながら、犯人の使う部屋を見あげて庭を歩いていると、庭師がにらんできた。たしか、以前にも視線を感じたとき、外からワレスたちをうかがっていた男だ。
「何か用か?」
たずねるとモゴモゴ言って逃げようとする。
「まあ、待て。文句があるんだろう? 言いたいことがあるなら言え。怒らないから」
庭師はしばらくためらっていたものの、ためこんでいた不満があるようだ。やがて口をひらく。
「若さまがたのなさることに、あれこれ言えませんですが、あんまりじゃございませんか。あれは公爵家で育てるすべての薔薇の元株だったのに」
「薔薇?」
「へえ。大切な元木をすっかりダメになさって。おかげで、もとのように大きくするには何年もかかります」
なんのことを言ってるんだか、さっぱりわからない。
「おれが花をどうかしたと?」
「あなたさまかどうかは知りません。が、若さまたちのどなたかですよ。若い男の声がしてたから」
庭師が指さす薔薇の植えこみを見て、ワレスはすべてを悟った。
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