第三話 古代兵器

第3話 古代兵器1



 午後のあいだ、花婿候補たちを観察していたが、これと言って不審な点はなかった。ジェロームの遠乗り以外は。


 レモンド自身は部屋にこもり、人前に出てこない。よほど死んだリュドヴィクを愛していたのか?

 しかし、リュドヴィクは弱い者いじめが好きな意地悪男だったようだが。


 その日から、ワレスたちは黒薔薇館に泊まりこむことになった。豪邸なので客室はいくらでもある。百やそこらは、だ。富裕ぶりがうかがえる。


 晩餐の席で、ワレスはテルム公爵に聞いてみた。


「ところで、この屋敷には古代兵器があると聞いたのですが、見せていただくことはできますか?」


 テルム公爵の顔色が変わったことに、ワレスは気づいた。断られることは想定内だ。だが、テルム公爵のおもては青ざめ、ひきつり、まるでふれられたくない悪事について言及されたかのようだ。


 どうも、おかしい。

 その場では言葉をにごす公爵を問いつめなかったものの、どうにも気になった。


 晩餐はなごやかに進む。が、その席でワレスは気になった人たちがいた。公爵家の人々や、子息たち、豪華な客にまじって、家族ではない者が二人、末席にすわっている。


「あれ、誰だ?」


 となりのジェイムズに聞くと、

「ああ、あれがシロンの目撃証言をしたアドリーヌだよ。レモンド姫の侍女なんだ」

「ふうん。そのとなりの女は?」

「あれはアドリーヌの母のメラニー。姫の乳母なんだ」


 貴公子らしくテーブルマナー抜群のジェイムズが、そっと耳打ちしてきた。


「つまり、姫の乳母と乳兄弟か」


 だから家族同等のあつかいを受けているわけだ。兄弟姉妹のいない令嬢にとっては、乳兄弟は大事な話し相手だろう。


 アドリーヌは見た感じ、侍女としてほどよい容姿を持っている。姫君のそばにいて好ましいていどには整っているものの、かと言って主役の令嬢をさしおいて衆目を集める派手さはない。ひかえめな美貌の持ちぬしだ。


 ワレスはこの侍女が気になった。

 じつは乳母が当主の愛人であり、乳兄弟は正妻の子どもの異母兄妹ということが、貴族の家庭ではままある。テルム家でもそうではないかと思った。

 乳母を見れば、なかなかの美女だ。正直、公爵夫人より美しい。同じ化粧とドレスをまとえば、夫人より正妻らしく見えただろう。


(もしも、アドリーヌがレモンド姫の異母姉妹なら、彼女にも殺害の動機ができてくるな。まあ、本来なら、その場合は婚約者ではなく、令嬢がさきに狙われるはずだが)


 令嬢の婚約者を殺す意味は、異母姉妹にはあまりない。令嬢がいなくならないことには、自分に跡目の話はまわってこないからだ。


 そう考えれば、アドリーヌは犯人ではない。外見どおりのひかえめな性格であれば、そもそも殺人など犯しそうにないのだが。


 そのへんもふくめて、テルム公爵と内密の話がしたい。古代兵器についても、もっと詳しく聞いておきたかった。


 食後にみんなでカード遊びをしようと子息たちが言いだすなかで、ワレスはラ・ヴァン公爵の腕をひっぱって、みんなの輪を離れる。


「おお、嬉しいね。ワレス。さては妬いたのかな? もちろん、ブリュノは可愛い。しかし、君が今晩、私のベッドに来てくれるなら、ほかの誰よりも歓迎するよ?」


 ワレスは嘆息した。いっそ、ギュスタンの愛人になってしまったほうが、何かと話が早いかもしれない。とは言え、それはワレスの美学に反していた。


「残念。ギュスタン。おれは泣いてるご婦人をなぐさめるのが仕事なんだ。あなたは泣き虫とは思えない」

「そうか! 泣けばいいのか。泣き落としの練習をしておこう」

「…………」


 つかのま、彼の瞳の奥を見透かしたあと、ワレスは苦笑した。どうやら、彼は本気だ。

 ギュスタンはなかなか策士だが、純粋な少年の心を持っている。そこが断りきれないところだ。ワレスの弱いタイプの人種である。


「あなたを誘うためにひっぱりだしたわけじゃない。テルム公爵と本音の話がしたいのだが、とりもってもらえないだろうか?」

「うむ。よかろう。ベッドの誘いならもっとよかったが、それはまた後日の楽しみに」

「ははは……」


 ギュスタンにつれられて、寝室へ帰ろうとするテルム公爵の背中を追った。


「リオネル。話があるのだが、いいか?」と、ギュスタンが声をかけた時点で、テルム公爵はあきらめたような顔をした。ギュスタンのつれたワレスを見て、質問の内容を予測したのだ。


「しかたあるまい。こちらの頼んだことでもあるしな」


 テルム公爵はギュスタンの従兄弟とは思えない、きまじめそうな男だ。いつも思い悩むような顔をして、眉間に長年のクセでついたシワがくっきりと刻まれている。


「では、こちらへ」


 テルム公爵に手招きされて、彼の寝室へ行った。

 広い三間続きの居室には、客を迎えることのできる居間がある。まわりは空室ばかりなのだが、テルム公爵はわざわざ、近くの部屋が無人であることを確認してまわった。


 よほど、他人に聞かれては困る話なのだ。

 やはり、リュドヴィクは古代兵器で殺されたのだろうか?

 それとも、アドリーヌはテルム公爵の隠し子なのか?

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