第二話 三人の花婿

第2話 三人の花婿1



 ジェイムズは歩きながら、広大な庭をどこかへむかっていく。

 裏庭へまわると枯れ葉がつもり、秋の風情が濃密だ。銀杏の黄色い葉っぱのあいだから見える空の水色が、悲しいほど澄んでいる。


 冬が近づいている。

 今年も、が。


(ルーシィー……)


 一瞬、心が天使になったあの人のもとへ飛びそうになった。ワレスの心はいつも、それを望んでいる。遠く遥かに届かないその人を求めて、帰らぬ旅路に発つことを。

 が——


「ワレス」


 忠犬のような目をして、ジェイムズが呼びかけるので、我に返った。ジェイムズは心配そうに、ワレスをうかがっている。どうやって、こっちへひきとめておこうか、思案するふうに。


「……ああ。それで、リュドヴィクはどこで、どんなふうに死んでいたんだ?」


 ワレスが問うと、ジェイムズはホッとした。


「今、その場所にむかっているんだ」

「裏庭なのか?」

「ああ。枯れ葉に覆われて、隠されていた」


「よく見つかったな」

「帰り支度をした令息たちが別れのあいさつをしたいと言いだして、彼の姿が見えないことが発覚した。それで屋敷の者すべてで探したんだ。猟犬もつれだして、ようやく見つかったらしい」


「それがいつごろ?」

「遺体が発見されたのは夕方。でも、殺されたのはそれより数時間前だろうというのが医者の見解だ」


 死体が硬直し、冷たくなっていたわけだ。


「死因は?」

「ヤリか矢のようなものが胸を貫通したらしい。それで出血多量で」

「ヤリか矢か。確実に殺意を持って殺したってことだな」


 ジェイムズは裏庭のけやきの大木のもとへ、ワレスをいざなった。かすかにだが、血の匂いがする。大地がそうとう量の血液を吸ったのだ。


「ここだよ。この木の下に彼は倒れていたんだ」


 落ち葉はどけられて処分されているものの、地面はほりかえされていない。遺体は埋められていたわけではなく、地表によこたえて枯れ葉をのせられていただけだったのだろう。


「まわりに凶器は落ちてなかったんだな?」

「なかったね」

「どっちむきに、どんな姿勢で倒れてた?」

「えーと、頭がこっちで、足がこっちだったかな」


 ジェイムズが言うのは、大木の根元に平行によこたわる形だ。


「この屋敷の男は狩りをするか?」

「それは、どうだろう。あとで聞いておこう。ただ、婚約者の発表があった日だ。誰かが狩りに出かけていたとは思えないけど」

「まあ、そうだよな」


 テルム公爵が無類の狩り好きで、毎日森へ出かけていくというのでないかぎり、そんな日に狩りに行く者はないように思える。


 ここは裏庭だ。郊外なので館の背後は森になっている。森との境界がわかりにくい。

 狩りの場なら、案外、とびだしてきた令息を動物と勘違いして矢で射てしまった、という過ちも起きたかもしれないが。


 念のため周囲を調べたが、やはり、凶器らしきものはない。もちろん、狩りのときに射殺してしまったのなら、射手があわてて矢は処分している。それにしても、矢尻が背中まで貫通するなんて、かなり豪腕な射手だ。


「ほかに外傷はなかったんだな?」

「なかったね。貫通した一ヶ所の傷だけだ」

「おまえは遺体を見たのか?」

「見たよ。見たくなかったけど。まん丸の穴があいてたね」

「そんなにひどいありさまだったのか?」

「いや。若い人が死体になってるんだ。かわいそうで」

「ああ……」


 ジェイムズはほんとに心優しい。見ず知らずの男のために胸を痛めたわけだ。


「その遺体は今、どこに?」

「もう彼の家に返したよ。今ごろは葬儀も終わって、墓のなかじゃないかな」

「そもそも、事件が起こったのはいつの日だ?」

「三日前」

「そうか」


 調べてほしいと言うのなら、もっと早くに声をかけてほしいと、いつも思う。死体をじかに検分すれば、わかることも多いのに。


「ほかに、おまえの気づいたことは?」

「とくにないよ」

「たとえば、殺人があったくらいの時間に一人でいた人物とか」

「ああ、それはちょっと待って」


 ジェイムズは上着のポケットから革表紙の手帳をとりだした。鉛筆で細かい字が書かれている。


「死体の硬直状態から、じっさいに殺されたのは、発見された夕方より、三刻ばかり前。つまり、昼食どきから、それが終わったばかりくらいのころだ。

 いつもは子息たちや令嬢は屋敷の大食堂でそろって食事をしていた。しかし、その日は屋敷を去る用意をしていたので、子息たちはそれぞれの客間で昼食をとった。

 だから、あの日の殺害があったとおぼしい時間に、誰かといた人はいないんだ。ただ、シロンだけは侍女の一人がたまたま外を通りかかったときに、室内にいるその姿を見ている。時間的にそのあとリュドヴィクを殺して、また部屋に戻ることは不可能なんだ」

「子息たちはわかった。公爵家の家族は?」

「それはみんな問題ないよ。家族たちは全員、食堂に集まって食べてるからね」


 それが事実なら、犯人は三人の子息にかぎられてくる。

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