第1話 黒薔薇の館4
思案するワレスを、シロンは不思議そうにながめている。
「君はなぜ、そんなことを知りたがるんだ?」
たずねられて、ワレスはシロンを観察した。
伯爵家の次男か三男。
つまり、将来、兄の騎士になるか、もっと高位の貴族に仕えるか、または貴族の跡継ぎ娘の婿養子にならなければ、自分の将来がない。あるいは廷臣になって、宮廷に出仕するかだ。
家持ち息子にくらべれば、やはり未来が不安定な境遇である。ただし、実家がとんでもない富豪ならば、別邸の一つも貰って、つつましく暮らすことはできるかもしれない。
だからこそ、さっきの子息たちは高貴な人たち(公爵とジョスリーヌ)を見て、目を輝かせて自分を売りこみだしたわけだ。
だから、あの三人の行動のほうがふつうだ。むしろ、シロンが異常だと言える。
それとも、シロンには自分の将来に対する保証があるのだろうか? たとえば、両親から遺産の生前分与をもらっている、とか?
あるいは、シロン自身が殺人者であり、絶対に令嬢を堕とす自信がある、ということか……?
ワレスは試しに言ってみた。
「おれはワレス。ラ・ヴァン公爵に頼まれて、令嬢の婚約者の死の真相を調べにきたんだ」
もしも彼が人殺しなら、動揺を見せるはずだ。貴族の子息がそうそうひんぱんに殺人を犯しているわけがないから、やったと仮定しても初犯だろう。ふいをつかれれば、冷静でいられるわけがない。
——が、どういうわけか、シロンは落ちついていた。
「ああ。じゃあ、君もティンバー次期子爵の朋輩だね? 役人なのか」
ん? ティンバー次期子爵?
ワレスは知った名前がとつぜん出てきたことにおどろく。
「ジェイムズが屋敷にいるのか」
「君、仲間なんだろう?」
仲間というか、友人だ。
話しているところに、遠くのほうから手をふってかけてくる。その姿はまさに忠犬ジェイムズだ。
「ワレス。おーい。君が来てるって聞いて、探しまわったよ」
なんとも嬉しそうな笑顔だ。なんだか、おもはゆい。
「ああ。来たよ。おれはイヤだったんだが、公爵にどうしてもと頼まれて、しかたなく」
「ありがたいなぁ。じゃあ、私が事件のあらましを教えてあげよう」
「おまえ、おれをなんでもキレイに片づける便利屋だと思ってるんじゃないだろうな?」
「まさか。君に会えて嬉しいんだよ」
こういうことを恥ずかしげもなく言えるところが、ジェイムズのスゴさだ。
ジェイムズに腕をつかまれるワレスを見て、シロンは去っていった。何やら急いでいる。この屋敷のなかで、客人の彼にやらなければならない勤めはない。何をそんなに急ぐ必要があるだろうか?
ワレスはそのわけを知りたく思った。が、ジェイムズにつきまとわれて、あきらめる。
ジェイムズときたら、クンクン鼻をならしてとびついてきては、ペロペロ頬をなめる犬だ。ワレスの推理力を期待してのことかもしれないが、そんな態度を見せられると、やはり、こっちも多少は気分がよい。
「おれはシロンから話を聞いてたのに」
「シロンは犯人じゃないよ」
「どうして?」
「殺害のあった時間に、ずっと部屋にいたから」
「そうなのか。それを見ていた証人がいるのか?」
「いる」
それならば、シロンは犯人ではない。出世欲がないのは、ただの性格だろう。
「じゃあ、とりあえず、事件のあらましを聞こうじゃないか。公爵が何も知らないから、自分で一から調査しないといけないとこだった」
「私がいてよかったろ?」
「……まあな」
ジェイムズは妖しく美しい黒薔薇の庭を散策しながら、事件の詳細を語る。
「殺されたのは、ラ・フィニエ侯爵の次男、リュドヴィクだ。レモンド嬢とは騎士学校時代の学園祭で顔見知りだそうだ」
「ちょっと待ってくれ。その前に教えてほしい。この屋敷に花婿候補が集められているようだが、それはいつからだ?」
「ひと月前からだって」
「なんで急に? 令嬢に会ったが、まだ二十歳前後だろ? 十九かそこらだ。たしかに早すぎるというわけじゃないが、だからって婚姻に遅すぎる年齢でもない。両親だって、まださほど高齢でもないのに、何をそんなに急いで結婚する必要があるんだ?」
「もうすぐ令嬢の二十歳の誕生日だからだよ。この家の慣習で、娘は二十歳までに結婚しないといけないんだ」
「ああ、貴族の意味のないしきたりか」
「意味なくはないよ。跡取り娘なら早くに結婚することで、血筋を継ぐ子どもを得られるし、他家に嫁ぐにしても兄嫁とのいさかいがなくてすむだろう? お家騒動の種は早めにつんでおかないと」
「まあ、これほど長く続いた家系なら、血筋を残すことは何より大事だろうからな」
娘が二十歳になるから、あわてて婿候補をたくさん募ったわけだ。
令嬢はもしかしたら、ずっと心に決めた相手でもいるのではないかと、ワレスは考えた。だから、花婿候補たちにそっけないのかもしれない。
「じゃあ、けっきょく以前からの知りあいの侯爵子息が令嬢の心を射止めて、結婚が決まったわけだ」
「たぶん、そんなところ。そのへんは令嬢が無口だから、くわしくはわからない。けど、それが決まったやさきに、リュドヴィクは殺された。なんでも、朝食の席で令嬢の父上のテルム公爵から発表があり、そのあとのことなんだそうだ」
「発表があったのに、令息たちは屋敷を去らなかったのか?」
「帰り支度をしていたと、みんなは主張している」
子息たちの弁明がほんとかどうかはわからない。十中八九、令嬢を——次期テルム公爵の地位をとりあっての争いが原因だからだ。
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