第2話 とりあえず、魔王になってみた 中編
眩しい光に目が眩んでいたのだが、少しずつ光にも慣れてきていた。魔王と言っても吸血鬼ではないので太陽のもとでも普通に活動は出来るみたいだ。とりあえず、今の状況を確認することから始めよう。
手始めに右側を見てみると、俺に向かって剣を構えているいかにも勇者といった男が立っていた。左側を見てみると、こちらも勇者と言えるような風体の大男が僕に向かって斧を振り下ろそうとしていた。後ろを見てみると、ちょうど俺に向かって何かが向かってきているところだった。何かが当たったような感触があったような気がしたのだけれど、俺は何も出来ずにもとの何もない世界へと戻ってきていた。
「やっぱりさ、最初から理不尽地獄モードってもは無理があったね。でも、とりあえず一回は死ねたんだからよかったじゃない。あと二回死んで大魔王になっちゃいなよ。勇者でもいいけど、大魔王も良いと思うよ」
「何があったかわからなかったんだけど、教えてもらってもいいかな?」
「教えるのはいいけど、次の参考にはならないと思うよ。君は魔法の矢で心臓を打ち抜かれた後に剣で首をはねられて、そのまま大斧で体を真っ二つに裂かれたのだよ。それだけの話だね。ね、次回の参考にはならないでしょ?」
「確かに参考にはならないけどさ、アレってどうにか出来るもんなの?」
「どうにもならないと思うよ。あんな場面が延々と続くだけだからね。それにさ、魔王って勇者を倒しても強くならないんだよね。強くなるには勇者を倒すんじゃなくて人々から恐れられるってのが重要なんだよ。負の感情を向けられることによって力が付いてくるんだ。勇者の場合は逆に人々から称えられることで強くなるんだよ。ま、勇者を倒しても直接は強くなることも無いけど、勇者を倒したことによって間接的に強くなっていくってことはあるんだ」
「でも、あんな状況に置かれて対処できないならクソゲーでしょ。名前の通り理不尽すぎるよ」
「君の場合はマシな方だったと思うよ。他の子に聞いたんだけど、君みたいに理不尽地獄モードを選んで一番悲惨だったのが、転送先が噴火口だった人もいるみたいだからね」
「それは理不尽って問題でもないように思えるけど」
「ま、なんにせよ君は一回死んだんだ。次も同じ難易度でサクッと死んじゃう?」
「いや、難易度は変えたいかな。その前にさ、姿を見せてくれるんじゃないの?」
「それなんだけどさ、ここじゃなくて君が魔王として転送される世界で助けるから。その方がいいでしょ?」
「まあ、その方がいいか」
「じゃあ、次の難易度はどうするのかな?」
「そうだな。一番難しいのを選んだ後だし、一番簡単なので行ってみようかな」
「極端すぎるよ。さっきの契約書にサインをしてくれたからさっさと転送しちゃうね。じゃあ、究極極楽モードをお楽しみくださいね」
「何それ?」
俺が目を開けると、いかにも魔王軍の幹部なんだろうなという面々が俺を見つめていた。誰も俺を目を合わそうとしないのが気になるのだが、魔王というのは恐れられてなんぼだという事なのでこれはこれで良いのかもしれない。いや、あいつは魔王は“人々”に恐れられないとダメだとか言ってたような気がするな。目の前にいるこいつらは人ではないように見えるし、どうなんだろう。
「君の疑問に答えるけどさ、人々ってのは魔族も対象に入っているよ。でも、仲間から恐れられるなんてとんだパワハラ野郎かもしれないから気を付けた方がいいかもよ。仲間から寝首をかかれることになるかもしれないからね。じゃあ、魔王ライフを楽しんじゃおうね」
先程から会話をしていたのがこいつだったのかと思っていたのだが、俺を魔王にしたわりにはどっからどう見ても天使にしか見えないのだ。白い衣を身に纏い、背中には純白の羽根をはやし、頭の上には天使の輪が無い。あれ、天使じゃないのか?
「あの、天使って頭に輪っかってないの?」
「君達の世界ではそう言うのがあるんだよね。でもさ、生憎だけど僕たちの世界ではそう言うのはついてないんだよ。でも、天使が神の遣いってのは君達の世界と大差ないんだけどね」
「それともう一つ聞きたいんだけど、魔王の近くに天使がいて平気なもんなの?」
「大丈夫大丈夫。僕たちの姿って君達みたいに魔王と勇者にしか見えないからね。そこにいる魔族には僕たちの姿は見えないんだよ。だからさ、魔王としての世間体を気にしなくても大丈夫だからね。それとさ、せっかく生き残ったわけなんだし、魔王としての名前はどうするか決めた?」
「魔王としての名前とか決めた方がいいわけ?」
「別に本名でもいいんだけどさ、魔王になったわけだしそれっぽい名前を付けても良いと思うんだけどな。でも、本名が良いって言うんだったら止めはしないよ」
「さすがに本名はやめとこうかな。じゃあ、何か格好いい名前を付けよう」
「名は体を表すっていうくらいだし、それもいいかもね。何か思いついたかな?」
「全然思いつかん。適当に強そうなのを付けておけばいいか。さっきはすぐに死んじゃったんで名前を付けれなかったからわからないけど、もしも気に入らなかったら後で名前を変えられたりするのか?」
「変えようと思えば変えられるけど、その場合は今までやってきたことが全部無かったことになって最初からやり直すことになるよ。それでもいいんだったら名前を変えることは出来るよ」
「そうなんだ。じゃあ、気楽に名前でも付けちゃいますか。死んでもやり直せるってのは良いかもな。俺の名前が飛鳥だからそれを文字って“アスモ”にしようかな」
「うん、それが良いかもね。じゃあ、素敵な魔王ライフを楽しんじゃってね」
それだけを言うと天使だか悪魔だかよくわからないこいつは消えてしまった。あとに残された俺は何をすればいいのかわからずに椅子に座っているのだが、周りにいるなんだかわからない生き物たちは俺から視線を外さずに黙って立っていた。
俺はこれから魔王として生きていくことになったようなのだが、一体何をすればいいのだろうか。そもそも、魔王としての俺の強さはどの程度のものなのか確かめる必要があるだろう。先ほどみたいにいきなり殺されてしまうという事も無いとは限らないし、自分の力を見極めることが大事な気もしてる。
その為にすることは何だろうか。どうせなら俺がどれくらい強いのか聞いておけば良かったと後悔したのだが、そんなのはここで試してしまえばいいだけだと思いついた。
「なあ、これから俺の力を試してみたいんだが、どこか良い場所は無いか?」
「力を試したいとはいったいどういう意味でしょうか?」
俺が誰となしに言った問い掛けに答えたのは、フクロウを擬人化したような姿をした魔物だった。魔物なのかは知らないが、俺には魔物にしか見えなかった。
「俺がどれくらい強いか試したいって意味なんだけど。難しかったかな?」
「いえいえ、難しいなんてことはございません。ですが、アスモ様の相手を出来るものなどこの辺りにはいないと言いますか、しいて申し上げるのでしたら辺境の地に現れた勇者が適任かとは思いますが未成熟ゆえに物足りない相手になるとは思います」
辺境の地に現れた勇者というのはおそらく俺とは違って勇者を選んだやつなんだろう。まあ、普通に考えれば魔王を選ぶ奴なんていないよな。最終的には勇者の方が強くなりそうだし、今のうちに叩いておいてもいいかもしれないな。
「その辺境の地とはここから遠いのか?」
「そうですね。距離にして考えればそれなりに離れておりますが、私の魔法を使えばすぐに移動することが出来ます」
「そうか、それなら一つお願いしようか。いずれ俺を倒す力を手に入れるかもしれないような奴は早めに叩いておいても問題は無いだろうし」
「私にお願いをしてくれるというのですか。何たる光栄。全身全霊をもってアスモ様の意に応えましょうぞ」
そうは言ったものの、このままどうすればいいのか俺はわからなかったので席を立って見た。俺に集まっていた視線はフクロウに移っていたのだが、その瞬間に俺はまばゆい光に包まれて体がふわふわとしたものに覆われているような感覚に陥った。眩しい光に慣れてきて目を開けると、そこは強固な城壁に守られたいかにも難攻不落といった城塞都市だった。
「辺境の地ってこれがそうなのかよ」
俺は想像していモノとの乖離があまりにも大きくて、思わずそう呟いてしまった。
「もしかして、またすぐに殺されちゃうのかな。それはそれでいいんだけど、もう少しバランスとか考えてくれないもんかね」
「勇者を追って移動したのですが、今回の勇者というのはおそらく神に祝福されし伝説の勇者というやつなのかもしれませんな。ですが、アスモ様でしたら問題無いでしょう。では、さっそく勇者を探しにまいりますか」
「探すって、いったいどうやって探すのさ」
「どうやってとおっしゃいますが、いつものように使い魔を放ってあぶりだすのです。住人が襲われていれば勇者も出てくると思いますので」
「いつも通りね。じゃあ、勇者が出てくるまで自由にやっちゃっていいよ。俺もあの町の中を見てみたいから勝手に探すけど、勇者を見付けたら教えてね」
「アスモ様が直接行くと仰られるのですか?」
「何か問題でもあるの?」
「問題と言いますか、大将自ら最前線に出る必要は無いかと思うのですが」
「そうは言ってもさ、使い魔だって数に限りはあるだろ。あんまり無駄にするのは良くないと思うんだよな。それにさ、俺が出ていったってすぐに勇者と出会うってわけでもないだろうし、運が悪ければ全く出会わない可能性だってあるんだしな」
フクロウは俺を必死に止めようとしてきていて時間はかかったのだが、俺は何とか説得して城門の前までやってきた。俺から離れた位置でフクロウと使い魔たちは見守っているのだが、どうやら強力な魔除けの効果で力のない魔物はここに近付くことも出来ないようだ。それでどうやって使い魔を使って勇者を探すのだろうと思っていたのだが、聞いたところによると街に出入りするものを片っ端から襲うという作戦だったようだ。それが成功して勇者をあぶりだせたとしても、一体どれくらいの時間がかかってしまうのだろうか。
「とりあえず、この城門を破ればいいんだろうな。力の使い方もわからないし、とりあえず押してみようかな」
俺は城門に手をかけて力を入れてみたのだがビクともしない。それはそうだろう。簡単に破れてしまえば城門の意味なんてないのだから。周りを見回してみても他に入口なんて無さそうだし、このままではここに立ってるだけの人になってしまう。もう一度だけ押してみようかなと思って両手を城門につけて力を入れてみると、それまでピクリとも動かなかった城門が大きな音を立てて開いていった。
一体何が起きたのだろうと思って呆然としていると、俺を見つめて仁王立ちをしているいかにも正義の味方といった感じの男が立っていた。その両脇には力が強そうな大男と頭と品の良さそうな女性が立っていた。
「魔王自らここへやってくるとはいい度胸だ。その度胸だけは褒めてやろう。だが、その命は見逃すわけにはいかない。神に約束されたこの俺様の力を思い知るがいい」
たぶんこいつが勇者なのだろうが、言っているセリフは三下の言葉のように思えた。おそらく、両脇にいるのも選ばれた力をもった何かなんだろうな。ああ、三人もいるんだったら誰か戦えそうなやつを連れてくれば良かったなと若干の後悔はありつつも、俺は勇者の攻撃をさらりと躱して態勢を整えた。のだが、間髪を入れずに女が魔法攻撃を仕掛けてきた。危なく直撃をするところだったのだが、当たったとしたらどれくらいの痛みが襲ってきたのだろうか。皆目見当もつかないのだが、あっさりと俺は大男に捕まってしまった。大男も魔法使いだったらしく、どこからか呼び出した巨大な手で俺をがっしりと掴んで離さなかった。
「よし、捕まえたぞ。早くこいつをやれ。俺の事は気にするな」
大男は見た目通りに豪快な性格なのだろう。自分を犠牲にしてまで俺を倒そうとするんだから自己犠牲の精神でやっているのか。その強そうな体と敵を捕まえる動きは前線に出る者としては最高なんだろうな。さすがに俺もこんな奴に捕まったままでは身動きも取れないし、さっきの魔法を食らったらどうなるのかといった興味もあったのは事実だった。
「どうした、早くやれ。何を戸惑っているんだ。こいつは今動けないんだぞ」
「そうは言うけどよ。俺様の剣は必殺必中なんだよ。避けれるはずは無いんだよ。それをこいつは避けたんだよ。それってさ、俺様に力をくれたやつよりも強いって事なんじゃないのか。なあ、どうなんだよ」
「必中だろうが一度くらいは外れることもあるだろう。だが、今はこうして俺が動けないように押さえているんだ。今一度その必中の剣でこいつの首をはねろ。考えるのは行動してからでも遅くない。判断を見誤るな」
「そうだな、そうだよな。俺の剣は必中ではなくなったかもしれないが、必殺には変わりないんだ。よし、よし、よし、今一度俺の必殺の剣を食らいやがれ」
俺はまたやり直すのかと思っていたのだ。体をがっちりと掴まれて身動きの取れないこの状況を打開するなんて無理な話だと思う。必殺の剣とやらがどの程度の威力なのかはわからないが、なるべくなら苦しまずに楽にして欲しいと思った。究極極楽モードってのも結局簡単ってわけではなかったんだろうな。
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