雨坊主

 雨の足音というものは昔から、私の心をとらえてはなさぬもので御座りました。何より薬の甘露立つで御座ります。この雨がよりにもよって、今は小袖のわら屋かな、我が住いにて御座ります。人は笑いごとの内に、雨坊主と名づけおりまして、いわゆるこれは、尼入道ともじりましてのことで御座りまするが、生前私の、女の如くに雨の風流に笹など流し暮しおった為で御座ります。なんともおはずかしいばかり。いやいや、はずかしいのは又その姿、軒下借るれば、あれ降りよの悪い、土手に住わば、気の狂うたか、風に無き足とらるれば、あれ仕末の悪いこそ泥棒奴と、身をなくしてこの方、線香の一本匂うたこととて御座りませぬ。これでない足かけての十年あまり、つらいことつらいこと・・・・・・・・・こんな雨坊主、これから話しますることも、皆々様・・・・・・・・・まあ哀れと思って頂けまいか。


 一年と半年で御座ります。あの女の、私の前を通りすがりに、「ああ、いい雨だこと」と、ふっとついたその息の、あたりから咲いております小菊なんぞも、かすます程の花の香。私のまだのったことのない、あの天女様のゆらゆらとのっては三弦の琴をつまびくという、蓮の大輪。ああ何としよう、あの花欲しやは生まれついての私の性分。死んで治おるは馬鹿だけで御座りましょう。ああ、あの花欲しやと思いましてからは、その女の後をしとしとつけて半年、とうとう女の生きる世のうちからは、少々気のどくでは御座りまするが、〝雨女〟などと仮名もついたらしう、江戸の方からは、変わり者の浮世絵師など、わざわざ無い金使うて、雨と女を入念に、細かに描いては行きおります程。ともかく半年、つけてまわしての私の甲斐もありまして、女のまわりは、次から次の悪いことづくし、とうとう寝込んで御座ります。 

 いよいよそれで、私の淋しさを紛らわしてくれる日も近く、ここで雨坊主の意地こそ見せてやれと、女の寝込む屋根から軒から、走り回って、女の息もこれより細くばもつまいかというところ迄まいりまして御座ります。ここで一計思いまするに、どうせなら、女に似合う池かなんぞを添えたいと、念じに念じ取り憑いて、風も夕べの誘い水・・・・・・・・・この池まで連れ来ましたわけで・・・・・・・・・ここまで来ると、気も弱くなった女のこと、自分から池にはいって御座りました。

 それからというもの、名付けの好きな世の方々に、〝雨が淵〟などと、この私でもぞっとするような名を戴きまして御座ります。何のそれしき、おかげで人も通わず、女と二人の今で御座ります。雨が淵の水の上の水連眠むる下の絵草子。かような次第で御座りまするが、不思議に思いますに、この池の水蓮は、一年中咲いて御座りまするな。これで人の通わぬとは、ちと風流好きの私には解せぬ所で御座りまするが。なんとしても、あの女が、人の通る足音さえ聞きますれば、水の底から、蜘蛛の糸でも引くような手つきで・・・・・・・・・〝死にとうない・・・・・・・・・死にとうない〟と、よびかくるからで御座りましょうか・・・・・・・・・。

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