アダルトでAVな彼女
鉄生 裕
第1話
他人の年齢を気にするようになったのはいつからだろう。
年下を見ては、“こんなに若い子が活躍しているのに、俺は何をしているんだ”と絶望し、
年上を見ては、“これから本気を出せば、俺にもまだまだチャンスはある”と安心する。
そんな自分が大嫌いだ。
三十歳になるまであと数ヶ月―――
もし三十歳の誕生日までに自分を変えることが出来なければ、これ以上生きていても仕方ない。
だから、三十歳までに自分を変えることが出来なければ、その時は死んでしまおう。
人とは違う人生を歩みたいと考えていた宗吾は、
二十七歳の時に六年間勤めた会社を退社し、アルバイトをしながら小説家を目指していた。
昔から空想や妄想をして遊んでいた彼は、
自分には人一倍アイデア力があると自負していた。
だから、小説を書き始めてから一年もすれば、
何処かの出版社から書籍化のオファーが来るはずだと考えていた。
だが、小説を書き始めてから二年が経った今でも、出版社からオファーが来るどころか、
これまでネットに投稿した二十以上の作品の中で、
最もPV数が多い作品ですら、100にも満たなかった。
「宗吾の小説はちゃんと読めば面白いけど、どれもインパクトがないよな」
安斎とは高校生の時に知り合い、
大人になった今でも頻繁に酒を交わす唯一の友人だった。
僕が小説を書いていることは、彼だけが知っている。
彼は映画の配給会社に勤務しており、
僕が小説を書き終わるたびに、飯を奢るから俺に一番に読ませろと言ってきた。
「今回のだって内容はいいと思うんだけど、引きがないよな。『雨の降る国』っていうタイトルは内容と合っていて良いとは思うけど、まずは題材やタイトルで読者の興味を惹かないと、無名のお前の小説なんか誰も目に留めないだろ」
安斎の言っていることが正しいという事は、自分でも分かっていた。
無名の自分に必要なのは、内容よりも読者の気を引くタイトルや題材だ。
でも、大げさなタイトルに似つかわしくない陳腐な内容の小説はこの世にごまんとある。
いくら無名とはいえ、僕にだってプライドはあるんだ。
タイトルだけが立派で内容が陳腐な小説なんて、死んでも書きたくなかった。
「そこまで言うなら、読者が興味を惹く題材やタイトルって一体何だよ!?」
すっかり炭酸が抜けきっているビールのジョッキを片手に、僕は安斎に尋ねた。
「俺は小説のことはよく知らないけど、ここ最近はタイトルに『異世界』とか『転生』っていう単語が入ってるやつをよく見かけるよな」
「それはライトノベルの話だろ。僕が書いているのはサスペンスだったりSFで、ライトノベルとは別のジャンルだよ。それに、僕にライトノベルは書けないよ」
それを聞いた安斎は、「う~ん」と唸りながら何かを考えていた。
そして突然僕の方を見たと思えば、ニヤリと笑いながら、
「あるじゃんか。男も女も大好きな、万能的な題材が」
と言った。
「そんなのあるわけないだろ」
「しょうがないな。宗吾だから特別に教えてやるんだぞ。男も女も大好きな万能的な題材、それは【エロ】だよ」
やっぱり、こいつに相談するんじゃなかった。
「官能小説なんて俺に書けるわけがないだろ」
そう言って僕がため息を吐くと、
何か誤解していないかと言いながら安斎は話を続けた。
「誰も官能小説を書けなんて言ってないだろ。ただ、エロは簡単に他人の興味を惹くことが出来る方法の一つだよ。内容は今まで通りのサスペンスやSF、恋愛もので良いと思うけど、タイトルや題材をもう少しアダルトな方向で考えるだけで、随分変わってくるんじゃないか?」
帰り道、僕は安斎が言っていたことを真剣に考えてみた。
たしかに彼の言う通り、映画の中でセクシーなシーンが出てきたらついじっと見てしまうし、少年誌や青年誌には少しエッチは作画やストーリーの作品が一作品以上は掲載されていることが多い。
だが、僕には無理だ。
書きたくないんじゃなくて、書けないんだ。
一人の男として当然エロには興味があるが、
それを小説にできるほどの知識も経験も僕には無かった。
結局は、今まで通り自分が書きたいものを、
自分が書けるものを書くしかないのか・・・
そんな事を思いながら、僕はなんとなくTwitterの検索画面に『エロ』と入力してみた。
そして、最新の検索結果の一番上に出てきたのが『最上こなつ』のツイートだった。
そのツイートには、
『私も出演している作品が、来週発売になります♡
今回で二作品目になります!』
という文言の下に、アダルトビデオのパッケージ写真が添付されていた。
僕はそのツイートをタップし、彼女のプロフィールページを見てみた。
どうやら彼女は半年ほど前に事務所に所属したばかりの新人のセクシー女優らしく、
自分が出演した作品の宣伝や自撮りなどを毎日健気に投稿していた。
あと数ヶ月もすれば、僕は三十歳になってしまう。
三十歳になっても今のままの僕だったら、その時は自殺しようと思っていた。
どうせ死ぬんだったら、最後に唯一の友人のアドバイスを信じてみるか。
どうせ返事なんて返ってくるはずがないと思いつつ、
僕は最上こなつにDMを送った。
>はじめまして。
>趣味で小説を書いている明石宗吾と申します。
>突然のDM、大変申し訳ございません。
>今回は最上様に折り入ってご相談がありまして、DMを送りました。
>実は次回作のキャラクターの一人として
>セクシー女優をしている登場人物を描こうと思っているのですが、
>私の知り合いにそういった職業の方がおらず、
>もしよろしければ、最上様に取材ができないかと思っております。
>取材と言っても、キャラクターを描く上での参考になればと考えている程度なので
>三十分ほどお話を伺えればありがたいと思っています。
>突然の不躾なお願い、大変申し訳ございません。
>よろしければ、お返事お待ちしております。
まさか自分が見ず知らずのセクシー女優にこんなDMを送る日が来るなんて、
思ってもいなかった。
家に着いても彼女からの返事はなく、
僕は風呂も入らずにそのままベッドに直行すると、いつの間にか眠っていた。
どうせ返事なんか来るはずがないだろう。
たとえ彼女が僕のDMを読んだとしても、僕か彼女だったらあんなDMは当然無視する。
だから、翌朝スマホの電源をつけ、
彼女から返事が来ていた時は心臓が止まるかと思った。
>はじめまして。
>DMありがとうございます。
>もし明石さんのご都合がよければ、今日の午後でしたら大丈夫です。
>場所は新宿あたりだとありがたいです。
・・・マジか。
僕は急いで返事を送らなければと思ったが、
その瞬間、スマホに文字を入力している僕の手が止まった。
もし、彼女に騙されているとしたら・・・
こちらからDMを送ったとはいえ、
こんなにスムーズに話が進むものだろうか?
彼女に会った瞬間、怖い大人が二~三人出てきたらどうしよう。
その時は全力で逃げるか?
いや、それは無理だろう。
学生時代の体育の成績は、毎回『1』の僕だぞ。
逃げたところで十秒もしないうちに捕まるだろう。
それなら、いっそのこと喧嘩でもするか。
いやいや、それはもっと無理だ。
五秒でボコボコにされる自信がある。
最悪の場合、拉致されて殺される可能性だってあるかもしれない・・・
でもまぁ、その時はその時か。
どうせこのまま生きてても、数ヶ月後には死ぬんだ。
だったら、その日が少し早まるくらい何の問題もないだろう。
・・・でも、一応少しだけお金は持って行こう。
怖い大人達が出てきたときの為ではなく、あくまで念のためだ・・・
僕は彼女に返事を送ると、
ATMでお金をおろすために、近所のコンビニへ向かった。
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