【短編版】片想い中の幼馴染メイドへ告白して振られた御曹司 1000回目のタイムリープで告白される

そらどり

片想い中の幼馴染メイドへ告白して振られた御曹司 1000回目のタイムリープで告白される

日本有数の大手財閥である獅童財閥の御曹司、獅童司しどうつかさは超が付くほどの有名人だ。


良家の優秀な子息が集まる春聖館学院では生徒会長として教師含め全ての学院関係者を統括し、庭球では個人全国優勝、全国模試では常に一位に君臨する。


欲しいものは全て手に入れる、それが無敗の帝王と称される男の生き方であり、皆は彼を崇め奉るのだ。




そんな彼が今、一世一代の大勝負に出ようとしていた。


屋敷に住み込みで働くメイドの一人、久遠澄花くおんすみかへの告白である。




十八歳にして獅童家のメイド長を務め、自分にも他人にも厳しい性格を有している久遠澄花。


生まれ持った類稀なる美貌、長くきめ細やかな銀髪、キリっとした瞳。


仕事中に見せるメイド長としての真剣な表情に心が惹かれて、いつしか彼は久遠澄花に恋心を抱くようになったのだろう。




「す、澄花!」




就寝前の午後十時、自身の部屋で就寝の準備をしていた彼が唐突に声をかけた。この名前で呼んでくれるのは彼しかいない。




「はい、何でしょうか」




メイド長はそう答えると、掃除の手を止めて振り返る。


でもすぐに返事は返って来ず、彼はその場でもじもじとしていた。




「用が無いなら私は業務に戻りますが」


「…………ごめんちょっとだけでいいからさ、少し大事な話があって……その、い、いいかな?」


「では要件を先に申してください。この後にまだ仕事が控えていますので」


「い、いや、それはできないくて……」




それでもまだもじもじしている彼。


メイド長はため息をつくと、足早に駆け寄り嫌みを溢す。




「司様、私は今忙しいんですよ。全部屋の掃除に夕食の片づけに就寝前の新人への教育指導まで……これらを一挙にしなければならないのです。それは司様もご存じのはずでは?」


「それは……そうなんですけど」


「なら、これ以上私の手を煩わせないでくださいよ。獅童家の御曹司ともあろう方がこのようにウジウジしていては世間に顔向けできませんね」




メイド長がそう言うと、彼は一度俯き、そして意を決したように顔を上げる。




「そこまで言うならちゃんと伝えるよ……! お、俺は、澄花のことが―――」




そして目と鼻の先にいるメイド長の肩に手を置き、真っ直ぐな目で自身の想いを伝えた。




「す、好きなんだ―――!」


「は?」




一瞬の驚き、対して冷たい視線。


メイド長は冷徹に目を細めながらそう吐いた。




「貴方のような御曹司が私と釣り合うとでも? ふん、ご冗談を……」


「そ、そんな……俺はあの時から本気で澄花のことが」


「これ以上は仕事の邪魔です。司様、もう夜も更けてきましたのでお休みになられてはいかがですか? 頭を冷やせば今の発言がどんなに愚かだったか身に沁みましょう」




その言葉を最後にメイド長は立ち去る。


手を伸ばし、久遠澄花の名を呼ぶ彼を置き去りにして。




こうして、彼の淡く尊い初恋は一人の心無い冷徹な女によってズタズタに引き裂かれました。


一途で純粋な気持ちがもう二度と久遠澄花へ向けられることはなくなったのです。






―――そうだ、そのはずだったんだ。















「ふ、振られた……俺、澄花に振られたんだ……」




その夜、ベッドの上でダンゴムシのように縮こまりながら、俺―――獅童司は袖を濡らしていた。






久遠澄花と初めて出会ったのは十二年前。当時のメイド長であった澄花の母に連れられて獅童邸に参上した時だ。


メイドとして代々獅童家に仕える久遠家の一人娘であり、将来はメイド長を世襲し部下を統括することを期待されていた。


だが当時の澄花は、メイド服を身に着けただけの、ただの内気で恥ずかしがり屋な普通の少女。


母の背中に隠れ、今にも泣きそうな様子でこちらを見ているだけなのだった。




初めて澄花を見た時、俺は仲良くなりたいと思った。


大人の会合に同行させられる日々を送っていた俺にとって、同年代との出会いはとても新鮮で好奇心が沸いて仕方なかったから。


人見知りのせいか邸内を逃げ回る澄花を探し出して、俺は必死で声を掛け続けた。


給仕中だろうが構わない。何度も何度も澄花と名前を呼び続け、気がつけば三か月、ようやく澄花は俺に返事をしてくれるようになった。




一年経てば、外へ二人でこっそり抜け出して仕事をサボったり、庭で駆け回ったり、ベンチに座ってずっとおしゃべりする機会も増えていった。


初めは俯いてばかりだった澄花が次第に笑顔になっていくのが嬉しくて、父上や母上に怒られても辞めようとは思わなかった。


はにかんだ表情で小さく笑う澄花と共に過ごしていると、自然と心が温かくなるから。




最初は遠ざけようとしていた双方の両親も諦めたのか、次第に何も言ってこなくなった。今になって思えば、大人の都合で我慢を強いられていた俺達に気を利かせてくれたのかもしれないが、当時の俺達がそれを知る由はない。


身分も立場も関係ない、ただ対等な幼馴染として、いつまでも一緒に遊んでいた。


澄花の前でなら年相応でいられる、ありのままの自分で話せる。大人の世界で生きている俺にとって、澄花との時間はとても楽しかったから。






そうだ、あの頃みたいにまた澄花と話せたら――――――






「でも振られちゃったんだ……俺、振られちゃったんだよ……」




止め処なく溢れる涙。一生分流れてもまだ収まらない。


勇気を出した告白は澄花に一蹴されてしまったのだ。




初めての出会いから二年という月日が経った頃を境に、澄花は俺を避けるようになった。


次第に冷たい言葉を突き付けるようになり、そして今ではメイドとして俺と接するように。


年齢を重ねる毎に澄花との心の距離が離れていったのだ。




「こんなにも好きなのに……」




引き出しから取り出したのは写真立て。そこには俺と澄花が映っていた。


ピースをする俺に対し、澄花は俺の背中に隠れて顔を赤らめている。


十年以上前に現像したこの写真を俺はいつまでも大切に保管していたのだ。




……いや、写真見て涙流してる俺、めっちゃキモくね?




「ああああああああ! こんなんだから澄花に嫌われんだよ!」




本当ならもっと伝えたい言葉がたくさんあった。


貴方を愛しているとか、君の瞳に恋してるとか、月が綺麗ですね等々。


いや、一番は本番で噛んでしまったことだ。それが無かったらきっと成功していた。


澄花に急かされなければちゃんと自分の気持ちを100%伝えられていたはずだったのに。




でも、もう遅い。何もかも手遅れだった。


一度しかない初恋を打ち明けるチャンスを、俺は不意にしてしまったのだ。


明日から澄花にどんな顔して会えば良いのかなんて考えたくもない。


一度振られた相手にもう一度告白する勇気すらない愚かな小心者なのだから。




「……全部夢だったら良いのに」




布団に顔を突っ込み、現実逃避をするように呟いた。


どんなに嫌な事があっても時間は平等だ。それは分かっている。


でも、それでも願ってしまうのだ。




告白する以前に戻れたら、と。重くなる意識の中、俺は心の中でそう呟いた。






そうだ、そう願ったんだよ。


だからだと思う。というかそれしか考えられない。


だって普通に考えたら有り得ないだろ、この状況は……!


時計の針が再び十時を差していて、スマホに映る日時が昨日のままで、布団に用意された寝間着はさっきまで俺が着ていたもので、そしてなにより……




なんで出ていったはずの澄花が目の前にいるんだよ―――!?




「……?」




澄花が困惑した表情でこちらを見ていた。


それもそうだろう。だってこちらは現在思考停止しているのだから。


あまりに現実離れした現実に何が起こっているのか状況整理すらできなかった。




「司様? どうされましたか?」


「え!? い、いやちょっと考え事してて」




お願いだからちょっとだけ待ってほしい。すぐに状況を把握するから。


えーっと、どこもかしこも部屋は昨日のままで……あ、あった、写真も引き出しの中にきちんとしまってある。




「司様? 本当にどうしてしまわれたのですか? 寝ている間に馬鹿になったんですか?」


「馬鹿は酷いだろ。あ、そうだ、あれを見れば……」




そう言いながら隠すようにスマホのアプリを起動させる。


自作した非公式アカウント『澄花ちゃん』、寝る前にいつも彼女にスタンプを送るのが俺のルーティンワークだった。




「お、送られていない、だと……」


「おや、なんとも可愛らしい銀髪美少女ですね。でもなんだか見覚えが―――」


「ま、待て! 見るな! プライバシーの侵害だ!」




慌てて隠す。多分、ばれていない。


でもこれではっきりした。経験したことはないが、知識として蓄えていたのが功を奏した。




―――そう、これはタイムリープだ。




「…………澄花、大事な話があるんだ」




そうであると理解した瞬間、俺は目の前にいる澄花へそう言っていた。


澄花が俺を振った現実は消え、今再び気持ちを打ち明ける時が来たのだ。


もう一度初めから告白できたら、その夢が現実となった。


今度は間違えない。このタイムリープを利用して崇高な初告白を成功させる。


絶対に俺の彼女になってもらうんだ―――




「貴方が好きです! 俺と付き合ってください!」




よし、噛まずに言えた。これなら―――




「は? 嫌ですが?」




駄目だった。お、俺の初恋が……


失恋に立ち尽くす俺を背にして、澄花はスタスタと部屋を出て行ってしまった。


結局その夜も前回同様、俺は布団の中に隠れて泣くことに。


振られたショックが凄まじかったが、それでもなんとか今日の反省をすることができた。




噛まずに言えたのに告白は失敗した。


となると、もしかしたら告白の言葉が間違っていたのかもしれない。


そうだ、澄花は元々恥ずかしがり屋だ。直接的な表現では重圧を与えるだけになっていたのかも。


ならば、次の告白は一方的且つ威圧的にならないようにしなければ。






そして幸いと言うべきか、予想通りタイムリープは続いていて、目が覚めるとさっきと同じ状況に戻っていた。


時計の針は十時を差し、スマホの画面には11月22日のまま変わらない日付、そして目の前には何も知らない澄花。


俺は前回の反省を踏まえて消極的な告白をした。




「俺と付き合って…幸せになりませんか?」


「結構。宗教勧誘はお断りしていますので」




2回目のタイムリープも失敗に終わった。


でも俺は諦めない。


澄花と付き合うことができるその日まで、俺はこの状況を利用し続けるのだ。















といった具合に意気込んだは良かったものの、流石にここまで振られ続けるのは精神的にきつい。


澄花に振られ続けて今回で999回目、タイムリープもこれまでに998回してきた。


一時間毎にタイムリープが始まることから推察するにざっと一か月半が経過。その間ずっと告白しているのだから、流石に精神が擦り切れてきた。




一応ではあるが精神を保つための対処策として、告白を終えた後にベッドの中で毎回日記を付けるようにしていた。


開いてみると、これまでのやり取りが箇条書き形式でまとめられており全体像を俯瞰的に見ることができるのだ。




<4回目>


「久遠澄花さん、俺と付き合ってもらえますか」


「謹んでお断りします」




<24回目>


「俺と付き合って、そして一緒に夢を掴みましょう」


「現実主義者なのでお断りします」




<59回目>


「俺には君がいないと駄目なんだ」


「御曹司ならきちんと自立してください」




<106回目>


「結婚して毎朝俺を起こしに来てください」


「既に来てますので結婚する必要がありません」




<270回目>


「ねえーどうしても駄目なのー?」


「駄々こねても駄目なものは駄目です」




<422回目>


「澄花、俺の女になれよ」


「強引な人は嫌いです」




<549回目>


「Veux-tu m'épouser!!」


「嫌です」




<713回目>


「好き好き好き好き好き好きぃ!」


「…………」




<856回目>


「ねえちょっとだけ! 首を縦に振るだけでいいからさ!」


「懇願しても無駄ですよ」




<988回目>


「俺……もう駄目かも」


「はぁ、そうですか」






これらがその一部分。まあ、最後の方は心が折れかけてるのがよく分かる。


でもこれだけ振られ続ければ弱気になっても仕方ないよ。うん。




「って、いや待て待て、ここで弱気になってどうするんだ」




そうだ、俺の目標は澄花と付き合うこと。ここで諦めたら駄目に決まってる。


再びあの頃のように話したい。その望みを叶えるんだ。




ちらりと時計を見ると十一時、もうすぐタイムリープが始まる。


突然睡魔が襲ってきて、重い瞼を閉じればあっという間に当たり前と化した光景が視界に広がるのだ。




「でも、もうこれ以上レパートリーが……」




告白する以前からずっとイメトレし続けてきたが、流石にこれ以上の消費は想定外だった。


外国語で回していくか、豆知識や慣用句を用いるか、はたまた他に頼るか……


そんなことを考えていると、いつの間にか睡魔が襲ってきて、目を開ければ999回目のタイムリープが終わっていた。


目の前にはメイド姿の澄花が立っていて、寝間着でベッドに横たわっていたはずの俺は部屋着を纏い一丁前に屹立していた。




「…………」




俺は固まっていた。何を言うべきか分からなくなってしまったから。


どの言葉を掛ければ澄花が振り向いてくれるのか、999回のタイムリープをもってしても全く手応えがない。


さっきまでの威勢はどこへやら、好きな相手を前にして俺はとうとう心が折れてしまった。




「…………澄花はさ、俺のこと嫌い?」




初めてそう訊く。この長いタイムリープの中で、ずっと想いを伝えてばかりだった俺が初めて告白をしなかった瞬間だ。




「嫌いに決まってますよ」


「なら教えてくれないかな? 俺のどこが嫌いなのかって。服がダサいなら勉強するし、仕草がキモかったら直すし、髪型が変なら美容室に通うし、顔がキモイって言われたら……整形だって覚悟の上だ」


「それは少々やり過ぎでは」


「でも俺は澄花に好かれたい。お前と付き合えるなら今の地位を投げうってでも構わない。だから教えてほしいんだよ、澄花」




半ば懇願するように俺は訊いた。我ながら本当に情けないと思う。


澄花はなにも返事をせず、部屋の中では時計の針が静かに鳴るばかりだった。




「…………今の澄花が可愛いのは重々承知だよ。でも俺はただ昔みたいに楽しく話せたら、それで十分なんだよ」




もう顔を見れない。どうせ次のタイムリープが来れば澄花がこの出来事を綺麗に忘れてしまうのだと分かっていても。


いつもみたいに軽蔑の言葉を残して澄花は部屋から出ていくのだろう。


一歩一歩足音が遠ざかり、俺はただその時が来るまで耐えていた。




「そんなにビクビクしないでください。そんな調子では司様の質問に答え辛くなるじゃないですか」


「え……?」




だが予想に反して、澄花は穏やかな声だった。


部屋の扉に手をかけ、こちらに背を向けたまま、澄花は言葉を続ける。




「…………司様には笑顔がお似合いです。いつもみたいに過剰に前向きな方が貴方らしいですよ」




そう言い残して、澄花は扉を向こうへ消えていった。


銀色の長い髪をなびかせながら、その合間から僅かに覗かせる優しい瞳。


一瞬だけ、俺は懐かしい気持ちになった。




「結局、なんで嫌いかは教えてくれないのかよ」




そう愚痴をこぼすが、口元には対照的に笑みが浮かんでいた。


タイムリープしている俺の気も知らずによくもまあ言えたものだと思うよ。


でも、ちょっとだけ救われたから今回だけは許す。




「よし! 今度こそ絶対に告白成功させるぞ!」




次で1000回目のタイムループ。澄花と付き合うという目標のため、俺は再び立ち上がった。















自室の扉を閉め、メイド長は静かにうずくまった。




「今回は特に疲れましたね……」




メイド長―――いや、仕事は終わったのだからもう戻そう―――改めて私はそうこぼした。


ちらりと時計を見ると、時刻は十時五十分。もうすぐタイムリープが始まる。




そう、タイムリープが始まるのだ。






最初に違和感を覚えたのは服装だ。


全業務を終え、パジャマ姿でベッドに横たわっていたはずの私が目を覚ます。すると突然メイド服を身に着けた状態で立っていたのだった。


それでも不可解だったが、なによりも目の前に突然現れた人物に驚いてしまった。




なんで司が私の部屋にいるの――――――?




そう叫びたい気持ちを抑え、私はなんとか状況把握に努めていた。


すると理解する。ここが司の部屋であり、今の状況が一時間前の出来事そのものであることを。


これはタイムリープ。そういった内容の小説を嗜んでいたこともあり理解が捗った。




そしてもう一つ気付いたこと、それは司も同じ現象に陥っているらしいということだ。


私だけがタイムリープしているならば、司はこの後に私の名前を唐突に呼ぶはず。


でもそれが起こらなかった。司は明らかに困惑していて、不可解な現状を把握するのに手一杯に見えた。




その瞬間、これはマズイと思った。


このままではきっと司は私に再び告白をしてくる。


淡く尊い初恋のリベンジに燃え、一途で純粋な気持ちが再び私に向けられるのだ。


そして案の定、司は告白をしてきた。後悔せずため、私の目を見て真っ直ぐに気持ちを伝えてきた。


こちらの気も知らずによくもまあ純粋に告白するのだから、本当に勘弁してほしい。




「…………断るこっちの身にもなってよ」




司は獅童財閥の御曹司だ。小さい頃はそんな世間体など特に気にしていなかったが、メイドとして給仕していると周りからとやかく言われるのだ。


やれメイド風情が司様と馴れ馴れしくするなとか、やれ使用人がこの私と司様のお見合いの邪魔をするなとか色々。


月日を重ねてだんだんと仕事に慣れてくれば、世間体というものを否が応でも意識せざるを得なかった。


私は末端の見習いメイドであり、司は日本有数財閥の御曹司。これが世間の常識だから。


その時、今までの私がどんなに愚かな行動だったかを身をもって知った。


もう司と話してはいけない、立場も身分も格も違う私が司と馴れ馴れしくしてはいけないのだと。




それからの私は彼と距離を取るようになった。


自らを殺し、心を殺し、いつからか私は冷徹なメイド長だと揶揄されるようになった。


それでも私は貫く。なにがあっても本音を晒すことだけはあってはならない。


鉄の仮面を纏い、メイドとしての立場を演じる。大勢の観客が固唾を飲んで見守るこの演目を私個人の感情でぶち壊してはいけない。


この気持ちを知ってしまった私への断罪なのだと言い聞かせて、私は今日も主役を引き立たせるのだ。




「私も好き……大好きだよ……司」




顔を埋め、弱みを見せる。もう仕事は終わったのだから、今だけは許してほしい。


明日からまた頑張るから、いつものメイド長に戻るから、この数分間だけは許してほしい。


止め処なく溢れる涙で袖を濡らす。


たくさんの想いを吐き出して、涙を枯らしてもまた溢れ出して、そんな繰り返し。


苦しみと喜びは紙一重。その狭間で明日も明後日も私は司様に仕え続けるメイドなのだと繰り返して。






―――そうだ、そのはずだったんだ。






目が覚めたら目の前に司がいて、また告白される。


振ったと思えば一時間後に再び告白される。


告白、告白、告白、告白、告白―――――――――――――――――――――




「な、なんなのこれ……!?」




混乱していると再び睡魔が襲ってきて、目が覚めたら再び司が告白してくる。


再び断っても、また同じように睡魔が襲ってきて、そして目が覚めたら再び司が告白してくる。


いつまでも告白され続ける世界にもう頭がどうかしそうだ。いや、もうどうかしている。


狂気じみた現実に頭がついていけない。




「いつになったら終わるの……!?」




もうこれで998回目のタイムリープ、ざっと計算して一か月半もの間永遠に告白され続けている。


真っ直ぐな眼差しで私を求める彼。その想いを受け続ける私。


隠してきた気持ちがもう抑えられない水準にまで来ていた。


こんなの心臓がもたない―――




「いや駄目、ここで折れたら今までの努力が水の泡に……」




そうだ、絶対に本心だけは晒してはいけない。


司には世間体もあるし御曹司の玉の輿を狙う多くの結婚候補者がいるのだから、まだ高校生である今のうちに初恋を断ち切ってもらわないといけないんだ。




私が折れなければ、きっと大丈夫。そう思っていた。






でも、駄目だった。


弱みを見せて懇願する司の姿を見て、私の中でなにか枷が外れてしまった。


司の気持ちを踏み躙る以上、初めからこうなることは分かっていたはずなのに。


私が断り続けているせいで司が傷ついてしまったのだと自覚すると、私は自分を抑えられなくなってしまった。


このタイムリープの中で、いや司を避け始めてから今に至る十年間で初めて、私は本音を晒したのだった。




一度溢れた想いに蓋をすることはできない。


好きという気持ちが思考を支配し、冷静な判断が出来なくなってしまう。


十年分の想いを全て余すことなく伝えたい、心がもうそちらに傾いていた。




「もう無理……好きって言いたいよ……」






次で1000回目のタイムリープ。司の初恋を踏み躙ろうとしたかつての私は、もういない。


面倒なもの全てを忘れ、ただ私の気持ちを伝えたいと、そう願っていた。

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【短編版】片想い中の幼馴染メイドへ告白して振られた御曹司 1000回目のタイムリープで告白される そらどり @soradori

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