第5話 長閑さんの家


「アンナさん、今日学校午前中だけでしょ? もし良かったら放課後一緒に遊ばない?」

「えっ!!? ど、どこで……?」

「うーん……私のお家とか?」

「な、な、なんで長閑さんの家に行かなきゃいけないの!?」

「あははっ、そうだよね。ごめんなさい……」

「………………行く」



 ◇  ◇  ◇  ◇



 というわけで、長閑さんの家に行くことになった。

 誰かの家に遊びに行くなんて、初めて。

 まぁ、友達だし?それくらいは年相応の行動だと思う。

 

 帰り道、いつも別れる丁字路で同じ方向へ歩く。

 なんだか不思議な感覚。


「いつも別々だから……ふふっ、なんだか不思議だね」

「…………そだね」


 長閑さんは相変わらずニコニコしていて、私の判断力を狂わせる。

 私もこんなふうに笑えたら、少しは愛想が良くなるのだろうか。


「ここの公園でよく遊んでたの。タコさんの滑り台が可愛いよね」


 そのまま公園に入り、タコの上に座ってみた。

 長閑さんは嬉しそうな顔で鞄から何かを取り出している。


「お弁当あるんだけど……半分こしよ?」

「……いいの?」


 タコの上、見慣れぬ景色を見ながらおにぎりを貰う。

 相変わらず、食べかけのおにぎりを交換しようと言われたから断った。


 私が喋ろうとしない限り、長閑さんも口を閉じたまま。

 気を使わせてしまっているのだろうか……


 まぁ、こうして静かに並んで食べるのも悪くないケド。



 ◇  ◇  ◇  ◇



「ここが私のお家だよ」

「へぇ……」


 タコの公園から徒歩二分。

 立派な門にきれいな庭。

 高そうな家。


 玄関ドアを開けると、長閑さんの匂いに包まれた。

 緊張しているのか、やけに鼓動が速くなる。


「夜まで誰も帰ってこないからくつろいでね」

「お邪魔します……」


 長閑さんの部屋は、よく整理された可愛らしい部屋。

 猫のグッズが多いけど、好きなのかな。


「はい、冷たい紅茶です。どうぞ♪」

「ありがと……」 


 長閑さんの部屋で紅茶を飲む私。

 なんだか不思議な感じ。

  

 ボンヤリと部屋を眺める。  

 棚に並んだ何冊ものスケッチブック。

 見ていいよといった目で私に微笑んできたので見させてもらう。

 鉛筆だけで描かれた立体的な絵、淡く綺麗な水彩画。

 それから、美しく描かれた私。


「……私もこんなふうに描けたら楽しいんだろうな」

「ふふっ、じゃあ描いてみる?」



 ◇  ◇  ◇  ◇



 というわけで、お互いの顔をスケッチする。

 言われたアドバイスは一つ、よく観察すること。


 まじまじと見つめると、照れ笑いをする長閑さん。


「なんだか恥ずかしいね。アンナさんの顔綺麗だから気が引けちゃうし……」

「長閑さんだってキレイな顔してるでしょ? まつ毛長いし目もパッチリしてるし。瞳の色もヘーゼルで可愛いし……なんで顔隠してるの?」

「な、なんでだろうね。あははっ……」


 それから何時間描いただろうか。

 漸く一枚完成すると、長閑さんが覗き込んできた。


「わぁ……アンナさん凄く上手……」

「全然ダメでしょ。もっと……」

「そ、そんなことを無いよ? だって現実の私なんかよりずっと── 」

「長閑さん、もっと可愛いのに……」


 何回も描き直す。

 こんなに集中することも中々なくて、気がつけば窓の外はオレンジ色に染まっていた。 

 そういえばさっきから長閑さん静かだけど、どうしたんだろう……


「長閑さんどうした……どうしたの!? 顔真っ赤だけど!?」

「な、なんでもないです……」 


 画用紙で真っ赤になった顔を隠す長閑さんを見ると、何故か私まで顔が赤くなっていく感覚がした。

 そんなに暑いわけじゃないのに……


 目が合うと、周りの音が一瞬だけ消えた。

 鳴っているのは、速くなっていく鼓動だけ。


 こんなことを思うなんて可笑しな話だけど、私はまだここに……

 そう思った瞬間、五時の時報が鳴り響く。


「そ、そろそろ帰ろっかな……」

「……う、うん。気をつけてね」


 心が浮ついたまま、靴を履く。

 こんな時、なんて言えばいいのだろうか。

 私らしくない、情けない顔で長閑さんを見つめると、一層顔を赤くした彼女はスマホを取り出した。


「ライン……交換しよ? その、また連絡したいし……」

「ご、ごめん。私スマホ持ってなくて……」


 そう言った後の彼女の顔を見ると、何故か胸が苦しくなって……

 鞄から紙を取り出し、可愛気もない文字で電話番号を書いた。


「……電話、待ってるから。じゃあね」


 ホント、私らしくない。

 去り際に見えた長閑さんの顔が頭から離れなくて……

 振り向くと、微かに見える手を振る姿。

 見えるように大きく振り返し、小走りで家まで帰った。

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