アンナは長閑と触れ合いたい

@pu8

第1話 アンナと長閑

 

 私の名前はアンナ。

 この国じゃ珍しい赤い髪と青い瞳を持つ中学三年生。

 お父さんはスウェーデン生まれ、お母さんは日本生まれ。

 他の子に比べたら背も高いし、スタイルも顔も良いと思う。

 だから色んな人によく告白される。

 今だって、ほら──


「俺と付き合ってくれませんか?」

「ふーん。いいよ」


 生まれてこの方、誰かを好きになんてなった事はない。

 付き合ったって、その場で別れる。

 何故かって?

 この人もそうだけど、すぐ手を繋ごうとしてくる。

 身体を触ろうとしてくる。

 キスしてこようとしてくる。


 考えただけで悍ましいから、靴を踏んづけて別れを告げた。


 恋人が欲しくないわけじゃないけど……

 誰かに触れたいとも思わないし、触れてほしくない。

 

 みんな私のことを変だって言うけれど、私からしてみればみんなの方が変だ。


 手を繋ぐとか……触れ合うとか……

 もっと……もっと、大切にした方が良いのに。


 この街に引っ越してきて三ヶ月。

 蕾も無かった桜は満開になっている。


 学校の中庭にある大きな桜は、密かに私のお気に入り。

 始業式が終わり、桜の木の下で紙パックのコーヒー牛乳を飲んでいると、何処かからの視線が気になった。


 辺りを見回すと、校舎に寄り掛かりしゃがんで絵を描く生徒が一人。

 チラチラこっちを見ながら書いているので間違いない。


「ねぇ、何描いてんの?」

「わっ!? ごめんなさいごめんなさい!!」

「そんなに焦んなくても……わぁ、メッチャ上手いじゃん。ってあれ……それ私?」


 画用紙一面に描かれた私の横顔に、桜の花びらが舞っている。

 淡く描かれた水彩画。

 私でも見たことのない程の、美しい私。

 

「普通桜がメインじゃないの?」

「……私も描く前は桜を描こうと思っていたんだけど……アンナさんを見たら、こうなっちゃって。アンナさん、綺麗だから……」

「……なんで名前知ってんの?」

「ふふっ、同じクラスだよ? 席も隣だし」


 優しく吹く風に乗せられた、春の香り。

 水彩画の様な淡い微笑みが私の心に染み込んでいく。


「ご、ごめん……私……」

「……春山長閑はるやまのどか。私の名前です♪」


 小柄な彼女が差し出す小さな手。

 

 手を繋ぐとか、触れ合うとか、大切なことだと私は思う。

 子供みたいな理由かもしれないけど、いつか出会う誰かの為にとっておきたいから。


 この手に触れたら、なにかが終わってしまいそうで……

 でも、なにかが始まりそうで── 


「……樫木かしわぎアンナ。その……宜しく」

「宜しくね、アンナさん」


 柔らかくて温かい春の陽気みたいな手の平は、私の初めてを簡単に奪っていった。

 

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