第32話 聖歴152年7月13日、トレイン
「不味い、トレインだ。ラズ、まきびしをありったけだ。ジューンも台車に載ってるまきびしを全部ばら撒け。台車は放棄だ」
二人が大急ぎで指示の通りに動く。
20匹はいると思われるゴブリンがまきびしゾーンに突っ込む。
集団と一緒にきた駆け出し冒険者もまきびしを踏んだ。
サンダルみたいな靴だからさぞ痛かろう。
だが、トレインした罰とでも思ってもらうしかない。
「逃げるぞ。二人は先に行ってろ」
「はい」
「はい」
ジューンとラズは後ろを振り返らずに逃げる。
俺は振り返りゴブリン達と向き合った。
ゴブリンはまきびしゾーンで足に刺さったまきびしを抜くのに忙しい。
この事態を起こした冒険者は死のうが生きようが気にしない事にした。
すまんな。
助けられなかったら、ごめん。
足にまきびしが刺さっているのだろう、びっこを引きながら冒険者は懸命に逃げる。
俺は手近なゴブリンをメイスで打ち飛ばした。
ゴブリンが巻き込まれて吹っ飛ぶ。
レベルが119もあればこれぐらい容易い。
俺はゴブリンの集団の中に入るとメイスを振り回した。
ダンジョンの壁に叩きつけられるゴブリン達。
こんなの運動にもならん。
いつもは魔石を壊したら不味いと手加減してる。
今はフルパワーだ。
ゴブリン達の手や足は折れまくっている。
ゴブリンを1匹掴むと俺はそれを振り回し始めた。
このぐらいの重さでも軽いな。
今度鬼の金棒ぐらいのメイスを注文するか。
瞬く間にゴブリン達は死んだ。
呆けたような表情の冒険者。
「おい、分かっているな。トレインをなすりつけるのは犯罪だぞ。俺だから良かったものの。俺のパーティメンバーの命は危うかった」
「すみません。すみません。すみません」
「まあいい。どうせ駆け出しなんだろう」
「はい、そうです」
「名前は? 俺はスグリだ」
「タングルです。あのSランク様ですか?」
「いやEランクだ。足痛いだろう。ほらポーションだ」
俺はポーションを渡した。
「すみません」
俺は台車を押しながら出口に向かう。
タングルは何故かついて来た。
タングルを観察する。
粗末な皮鎧に、武装は剣。
足にはプロテクターのような物はない。
髪は短いざんばら髪で、顔にはそばかすがある。
まだあどけなさが残っているから若いんだろうな。
皮鎧と剣があるだけ、普通の駆け出しよりはましか。
ダンジョンの出口に行くと、ジューンとラズが待っていた。
「ほら、心配なかったでしょ。私に1本も許さないのだから、ゴブリンの20匹ぐらい平気のはずよ」
「怪我は? うち心配で」
「あれぐらい、平気だよ。後ろの奴はタングルだ」
「私達のパーティに入れてあげるの?」
「いや絶対に入れない」
「そんな」
うなだれるタングル。
「理由はだな。逃げる奴は、絶対に逃げる。パーティメンバーを置いて逃げる様な奴は要らない」
「それはまだ駆け出しだから、しょうがないでしょう。それにソロなんだし、逃げたっていいはず。私だってあの時逃げようとしてた」
「でも実際は逃げなかったろう。その差は大きい」
「私は加えるべきだと思うわ。実力だって私達とそんなに変わらないはず。ジューンはどう思う」
「うちはスグリが言うのやったら。加えるべきでないと思う」
「ニ対一だな。諦めろ」
「納得いかないわ」
ラズが怒ってぷいと宿の方向に向かって歩き出した。
怒ったか。
怒るのも無理はないな。
実際に俺は逃げた側の人間だ。
強敵にあって固まるのでなくて、パニックになるのだったら、確実に逃げてたと思う。
タングルには悪いが、縁がなかった。
「ジューン、すまんな。ラズをなだめておいてくれ」
「はい」
ジューンがラズを追って去った。
「タングル、そういうわけだ。お前をパーティには加えられない」
「俺、ポーター扱いでも構いません。料理もします。なんでもやります」
「じゃあ、ゴブリン20匹倒してみろ」
「そんな」
「お前の夢は何だ?」
「Sランク冒険者です」
「そのためにどんな努力をしてる?」
「してません」
「そうだろしてないよな。悪い事は言わない。生き残りたいんだったら、堅実にやるんだな。いきなりソロでやるのは無謀という他はない。努力してれば、認めてくれて、仲間になってくれる奴はいるさ」
「分かりました。俺が甘かったですね。一から出直します」
「討伐じゃない。お使いみたいな依頼から始めろ」
「そうします」
柄にもない事を言ってしまった。
俺だって無謀して臆病風に取りつかれちまった。
タングルとそんなに変わりがない。
今があるのは運が良かっただけだ。
タングルがとぼとぼと去っていった。
タングルを加えなかった理由は、怖かったのだ。
ボスのホブゴブリンと対峙するのが嫌だったのだ。
タングルがいれば確実に1階層の制覇はなる。
それが嫌だった。
ラズにはなんて言おう。
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