第14話
翌日、私は念入りに自分の姿を鏡で確認してから家を出た。
学校への道のりはいつも以上に長く感じられて、近づくに連れて鼓動が早くなっていく。
昇降口を抜けて真っ直ぐ、職員室へと向かう。
ノックをして戸を開けると、すぐにA組の先生の机が見えた。
「どうした?」
慌ててやってきた先生にモゴモゴと口ごもりながら自分の意志を伝える。
「そうか、今日は1日A組で授業を受けるか」
先生は嬉しそうな声色でそう言う。
私はぎこちなく頷いた。
本当はまだまだ教室へ戻る勇気はない。
だけど昨日眠る前に考えていたことがずっと脳裏に焼き付いていた。
「はい。でも、もし無理そうなら……」
「あぁ。すぐに特別学級へ戻ってもいいから」
先生に言われてホッと胸をなでおろす。
それならひとまずは安心だ。
「なにかあったらすぐに言うんだぞ?」
「はい」
私はA組へと向かったのだった。
☆☆☆
そんなに長い間離れていたわけでもないのに、A組に近づくにつれて鼓動は早くなって来て嫌な記憶が蘇ってくる。
机のラクガキを思い出していたときA組の教室に到着してしまった。
閉められている戸の前で立ち止まり何度も深呼吸を繰り返す。
大丈夫。
無理はしなくていいんだし、すぐに特別学級へ戻ることもできるから。
それに、A組に戻るのは彼を探すためだ。
特別学級にいたら渡り廊下を渡って本館へ戻ってこないと行けないから、短い休憩時間での人探しは難しい。
だからここへ来ただけ。
自分自身に言い聞かせて戸に手を伸ばす。
勇気を振り絞って戸を開けて一歩教室へ踏み込んだ瞬間、みんなの会話が止まった。
急に静まり返った教室内に背中から汗が吹き出す。
それでもなにも気が付かないふりをして自分の席へと向かう。
机の上を見てなんのラクガキもないことを確認して、ひとまず安心した。
みんな、私がいないからわざわざラクガキもしていなかったんだろう。
「なんでこっち来てんの? クラス間違えてるんじゃない?」
椅子に座ったタイミングでそんな声が飛んできた。
これは坂下さんだ。
坂下さんたちはいつも私にちょっかいを出してきているから、気にする必要はない。
私は無視して机の中に教科書をしまい始めた。
「ねぇ、聞いてんの? なんたがいるとクラスの雰囲気悪くなるんだけど」
「だよねぇ。だってあんた友達のこと覚えないもんね」
上地さんが声を立てて笑う。
その言葉にさすがに胸がチクリと刺されるような痛みを感じた。
みんな私の病気を知らないし、私自身も隠しているから仕方のないことだ。
これは私が選んだことなんだから。
そう言い聞かせてみても、なかなか胸の痛みは取れない。
「早く特別学級に帰れよバカなんだから」
秋山くんの大声とゲラゲラ笑う声に、体の奥ジワリと黒い感情が浮かんでくるのを感じた。
なにも知らないくせに、特別学級の子たちはもっともっと勉強が進んでいて、あんたたちなんかよりもよっぽど頭がいい子ばかりだ。
そう言ってやりたい気持ちをどうにか押し殺す。
最初は私だってみんなと同じ偏見を持ち、勘違いをしていた。
そう思うと、秋山くんをせめることはできない。
私はただひたすら、ホームルームが始まるまでの時間を耐えていたのだった。
☆☆☆
休憩時間のたびに私は教室を出て彼のことを探した。
今はもちろんみんな制服姿だけれど、彼の声や仕草はちゃんと覚えているという自信があった。
「やっぱり1年生じゃないよね」
とりあえず1年生のクラスから調べはじめた私は、すぐに彼はいないと感づいた。
彼の大人っぽい雰囲気を感じない。
机に座って本を読んでる生徒や、軽く談笑している程度の生徒たちは多いけれど、そのどれもが彼とは似ていない体型や声をしている。
次の休憩時間には2年生の教室を調べてみよう。
教室へ戻った時静かな笑い声が聞こえてきて私は一度足を止めた。
またみんなの視線を感じる。
さっきは驚きの雰囲気があったけれど、今度は違う。
嘲笑の雰囲気がクラス中に満ちているのを感じ取って私は嫌な予感がした。
それでも平静を装って自分の席へと向かう。
机を見た瞬間細い息が漏れ出した。
嫌な予感は的中した。
机の上にはマジックで『ブス』『帰れ』などのラクガキがされている。
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