ちょっと不思議な一万字に満たない短編達
瑛
シロクマ狂いは語る
僕の家の冷凍庫にはシロクマが住んでいる。
某県名物のかき氷ではなく、氷細工や
体長四メートルの本物のシロクマだ。
一年前の今日、裏の浜辺で行き倒れていたのを介抱したところ、よっぽど住み心地がよかったのか居付かれてしまった。
毎晩、冷凍庫の扉を開けると奴はのそのそと外に出てきて一度伸びをする。それから裏の浜辺まで歩いていき、ざぶざぶと海に入っていく。早朝になるとどこからともなく帰ってきて冷蔵庫の扉を前足でカリカリとひっかく。
毎朝その音で目を覚ますと、僕は身支度もせずに冷凍庫の前へ行く。
扉を開けてやると奴は黙って中に入り、うずくまって寝てしまう。それを見守ってから、僕は冷凍庫の扉をそっと閉め、朝の身支度を始める。
奴が来てから一ヶ月ほど経った頃、遠距離恋愛中の彼女が家に来た。彼女には、シロクマのことを話してはいた。でも彼女は、いつもの僕の出鱈目な作り話だと思っていたのか、信じていなかったらしい。
氷を取ろうと冷凍庫を開けた彼女はシロクマを見付けて卒倒した。
シロクマは、扉を開ける音で起きたようだったが、悲鳴も上げずに倒れた彼女を一瞥してまた眠りに落ちて行った。
布団の上で意識を取り戻した彼女は開口一番こう言った。
「シロクマを飼っている人は無理」
彼女はそのままキャリーケースを引いて帰っていった。
僕には彼女を引き留める言葉がなかった。シロクマを見て卒倒した彼女を失礼だとすら思った。
僕は、去っていく彼女の背中を見ながら、シロクマは夜の間いつもどこに行っているのかとぼんやり考えていた。
そうして僕と彼女の関係は終わった。
半年ほどたった頃、シロクマが一週間程帰って来なくなった。僕は、いつものカリカリという音を目覚まし代わりにしていたので、すっかり寝坊してしまった。
翌日には帰ってくるかと思って待っていたが、結局奴は帰って来なかった。裏の浜辺や防風林の中を探してみたが、四メートルの巨体はどこにも見当たらなかった。
そうして気付けば一週間が経っていた。
一週間、会社を無断欠勤し続けた僕は解雇された。正確には自主退職だ。雇用主のせめてもの温情らしい。
僕も、シロクマを待つことに頭がいっぱいで会社への連絡を忘れてしまったことを恥じたからすんなり受け入れた。
一週間後にシロクマは帰ってきた。後ろにはちっちゃいシロクマが二頭ついてきていた。
いつものように冷凍庫の扉をカリカリやった奴らは、当たり前のように冷凍庫の中に入っていって三匹ぴったりひっついて眠った。
僕はその光景だけで幸せな気持ちになった。
とても幸せな気持ちになった。
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