六畳半 〜帰宅〜 その2

青いバスタオル。

肩にかけて、立ち尽くす。

浴槽の湯に浸った衣類、

洗濯機に入れるにはまず絞らないと。

でも……なにぶん手間だ。

アレらは全て浴室に脱ぎ捨てておいた。



青いバスタオル。

下着姿のまま、立ち尽くす。

思えばコレも思い出の品だ。

ボクは青とピンク、

両方を日用雑貨店で買ってきたけれど。


今日からワタシも、蒼ヶ峰だから。


その日のうちに買い足した、青いバスタオル。

ピンクの方は新品のままで、

居心地悪そうにバスラックの

片隅に収まっている。



立ち尽くす。立ち尽くす。

蒼ヶ峰聡は立ち尽くす。

座ればいい。座ればいい。

彼女のように座ればいい。



彼女は買い替え推奨のいくらか分厚い

中古TVの前でぺたんと座り込む。

女の子座り、とでも言うんだろうか。

膝を前向き器用にハの字。

男の関節じゃあまず無理だろう。

重さに任せた脱力のままに

リモコン片手にチャンネルくるくる。

5秒おき。

アナウンサー。レポーター。

コメンテイター。芸能タレント。

字体の変わる左上のデジタル表記の

コロンと4ケタ。

聞き取り難い音声と裏腹に、

どいつも揃って11:34。


西に位置する窓から日が差さない正午前。

液晶に照らされる食い入るような

彼女の端正な貌。

されど虚。遠い。

これほどまでに近い筈なのに。


蒼ヶ峰聡は……蒼ヶ峰聡は。

ーーー、そんな彼女の片隅に、

寄り添えないでいる。



ふたりっきりの六畳半。

幸せ溢れた六畳半。

満ち足りていた。包まれていた。

幸福を逃さない2人の箱庭が

今ではたまらなく、狭苦しい…


「百合…音…?」


それはやはり呻きだったかも。

暮らしを共有した安アパートの一室の

息苦しいほどの閉塞感を

ーーー、他でもない彼女の前で。

抱いてしまっている自分を否定したくて。

漏れ出すようなか細さで

彼女に、聲を、かける。


ワンテンポ。 ラグ?

一拍。 聞き取れない?


間を開けて、彼女が振り返る。


「つぅっ……!」


そんなメで…見ないで…くれ。

そんなカオを…向けないで…くれ…!


慈しみを含んだ眼差しも、

珠のような可愛げをもった微笑みも、

目の前の彼女には……


目を見開く。

震え、震え、震え。

表情筋が乱れる。

さながら、福笑い?

いや、核心をツイてる。

今のボクは道化師ピエロあたりがお似合いだろう。

蒼ヶ峰聡の器の中で様々な感情が入り乱れる。

小学校図画工作の筆洗バケツ。

アホみたいに原色ままのビビットカラー。

混ざり合い、溶け合う前の混沌カオスに似てる。



ボクは…今……何を……!



怒り焦り慄き怖がり意地張り憤り


筆で勢いよく掻き混ぜる。

ゲンコツ掴みで掻き混ぜる。

混ぜる混ぜる混ぜる混ぜる混ぜる混ぜる

混ぜる混ぜる混ぜる混ぜる混ぜる混ぜる…


ダァン!


当然、溢れる。

全身を駆け巡る潮流を右腕から発露させる。


うわぁん…


アパートの薄い壁越し、幼子の泣き声で。

………ようやく、正気を取り戻した。



ピンポーン、ピポピポピンポーン


駆け出す。今度は足音を立てないように。


「ちょおっとぉ……!」


お隣さん、二児の世話をする

シングルマザー、安祢田あねだ遊姫ゆきさんだ。


「なんだっての、ウチの子

泣いちゃったじゃないの!」

「あ…いや、その…転んじゃってぇ…」

「転んだぁ?…」


ちょいどいて。とボクを押し退け

土足のまま部屋に入る安祢田さん。

彼女に駆け寄り頬を触ろうと…


「百合音さぁん?ダイジョウ…?」


頬を両手で触れても無反応。

服を捲っても無反応。


「……………」


視線を返して来る彼女を見つめながら

玄関まで引き返す安祢田さん。


「……アンタ、ヘンなこと

してないでしょうねぇ?」

「ま、まさかぁ!本当に

事故だったんですってば。」


ジロリ。

ボクの肩越しに背伸びしてもう一度ジロリ。


「……そういうことにしておくけど。

生活音ダダ漏れの安アパートなんだから

あんなの壁抜けちゃうわよ、気をつけて!」


「は、はい。すみませんでした…」


バタン、重い鉄製のドアが閉まる。



冷静になった頭で、彼女を見つめ直す。

いつもの六畳半。

ふたりっきり。

何も変わらない、変わらない。

でも強いて言えば、ーーー

変わったのは、ボクの方なのかもしれない。

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