六畳半 〜帰宅〜 その1

シャアァァァア

シャアァァァア

シャアァァァア

シャアァァァア……


キュッ


シト…


バッチィィイイい!


「たっああはぁぁあ!?」


逃げ場を探して駆け巡るナニか。

目蓋が開かれた。全身の痙攣。

筋繊維による無意識の反射運動。

かっああああっ…

肺が…空気が…入って、来な…


視界の隅でバッと飛び退く何か。


「つぅ…!っはあ!はあ!はぁ…」


取り込む。吐き出す。取り込む。吐き出す。

ペースを、少しづつ落とし、

先ほどより、深く、息を…


チャプ…


満たしている。

器を。

この抵抗。密着。液体だ。

ソレも結構な熱湯。44?ぐらい、ある?


密着?密着しているのは、布だ。

服、そうおかしな話ではない。

オカシイのはコレを着ながら水に

浸かってなんていることなんだ。


浸かる…浴槽か、ここは。

足が縁にかけられている。

九の字。この窮屈さは、知っている。


「家だ。ボクらの…」


……ボクらの?


「ーー、ユリネッ!」


ユリネ、ユリネ、ユリネ、百合音ッ!


「………百合、音?」



見渡した、見渡した。

突然の醒悟から

たるみ切った身体と精神を硬直させて。

いわゆるガバァっとみたいな。

一丁前に探してみせたのだ。

浴室なんてスペースどこまでも限られている。

見渡すまでもない。声を上げるまでもない。

自らの手で、彼女を手放したクセに。



でも、何よりも、驚いたのは。

自宅の浴室に住ることじゃあなく。

非常識な儘で眠っていた自分にでもなく。



見下ろした。

彼女は尻餅をついていた。



彼女ともどもあの丘から移動していることじゃあなく。

あの日、死んだハズの彼女が、

こうして生き返っていることですらなく。



百合音が。……他でもない彼女が。

まるで、だとでもいうような。

無機質な、反射的でいて機械的な視線を、

ーーー、ボクに。

柔らかな笑顔からは見てとれない

能面のような真顔でもって答えたからだった。

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