第45話


「手紙に書いていた通り、可愛らしくて優しそうな方で……とても嬉しいですわ」


「……ウェンディはこんな僕には勿体ないくらい、とてもいい子なんだ」


「まぁ……」


「ただ……まだまだ遠慮気味で、どこか自信がないような気がするんだ」


「女性は愛されて自信を付けていくものです。坊ちゃんがウェンディ様を守り、大切にして、愛を育んでいけば、自然と花開くものですよ」


「そうなのかな……」


「そうですよ。それには、まず自分自身がお強くならねばなりませんね」


「…………耳が痛いよ」



ペンを置いて溜息を吐いた。

ぐうの音も出ないとはこの事だ。


冷めた紅茶を一気に飲み込んだ。



「それにウェンディ様の事はマーサお姉様から、それはもう詳しく手紙で聞いておりますわ。とても仲が宜しいようで、ハーナは感激でございます」


「勘弁してくれ……ハーナ」


「フフッ……それと、これはウェンディ様から預かったものですわ」


「ウェンディが僕に!?」



折り畳まれた紙を開く。

読み進めるうちに自然と頬が赤くなっていくのを見て、ハーナがクスリと笑った。



「坊ちゃんのそんなお顔が見れる日が来るなんて……セバスにも今すぐに教えてあげたいわ」


「あぁ……すごく愛おしいんだ。大切にしたいと心から思う」



口元を押さえて熱い息を吐き出した。


(寂しいと言われるのが……こんなに嬉しいなんて)


ウェンディからの手紙には『お気遣いありがとうございます。寂しいので、またいつものように一緒に寝たいです』と書かれていた。


きっとこのメモを渡すかどうか思い悩みながら書いたに違いない。

それでも勇気を出して一歩を踏み出してくれたのだろう。

手紙を何度も読み返していた。



「丁度いいからセバスを呼んでくれ。例の件について聞きたいんだが……」


「それならばもう用意してあります。此方になりますわ」



ハーナから渡されたのは紙の束である。

仕事の早さに驚くばかりだ。

受け取った後に、パラパラと捲っていく。



「………さすがだな。デイナント子爵家の事情を詳しく知りたかったんだ。助かったよ。ウェンディは絶対に家族や元婚約者を悪くは言わない。僕が聞いても、これ以上は何も言わないだろうから」


「………はい」


「下がってくれ。ありがとう」


「坊ちゃんも程々にして早く休んで下さいね」


「うん……セバスにも宜しく伝えてくれ」



ハーナは腰を折り、音を立てずに去って行く。

一枚ずつ紙を捲りながら確認していた。


勝手なことをしてウェンディには申し訳ないと思ったが、どうしても婚約破棄をした原因を詳しく知りたかった。

ウェンディの口からは明確に相手を責めるような言葉は出てこない。


しかし偶に見せる寂しそうな表情を見ると、ウェンディに深い傷を残した出来事の裏側をどうしても知っておきたかったのだ。


(先手を打たなければ……パーティーの時に何か起こる前に僕が守りたい)


自分が深入りすべきじゃないことは分かっていた。

しかし、あの笑顔を曇らせる原因がある事が許せなかった。


(……ウェンディ、ごめんね。でも僕は君の笑顔を守りたいんだ)


そしてあるページでピタリと手が止まる。



「………っ」



ガタガタと震える指……それは恐怖を感じているからではない。

怒りが込み上げてきたからだった。

もし本当にウェンディの姉が、この紙に書いてあるような人物だったとしたのなら……。


それはウェンディの元婚約者と姉の裏切りに対してもそうだが、一番大きかったが、ウェンディがこの想いを抱えていた時に距離を置いていた自分に対しても感じていた。



「フレデリック・ニルセーナ……ジャネット・デイナント」



暗闇の中にぼんやりとした蝋燭の火だけが揺らめいていた。

もう一度、ウェンディから貰った手紙を持って口付けた。



「もう絶対に悲しませたりしないから……約束するよ、ウェンディ」



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