第44話



「あの、ゼルナ様は……」


「本日、ゼルナ様は別のお部屋でお休みになります。明日からは同室になると思います」


「そう、ですか……」


「ふふ、ウェンディ様が寂しがっておりましたとお伝えしておきますね」


「えっと……それは」



嬉しそうなハーナの表情を見て頬を赤くする。

ゼルナは屋敷に帰ってから、とても忙しそうにしていた。


(ゼルナ様が居ないと……やっぱり寂しい。今日一日だけって分かっているのに……)


最近はゼルナと手を繋いで寝ることが日課だった為、こんなに広いベッドに一人で寝るとなると、やはり寂しさを感じてしまう。


(私が"寂しい"なんて言ったら……優しいゼルナ様は気に掛けて下さる)


いつもならば「平気です」「大丈夫です」と誤魔化していただろう。

人に迷惑を掛けるくらいならば、気持ちを胸にしまっておいた方がいい……ずっとそう思っていた。

しかし、思い出すのはゼルナの温かい言葉だ。


『甘えてくれないから少し寂しいよ』


ぐっと軽く唇を噛んだ後に「ちょっと待ってて下さい」とハーナに声を掛ける。

テーブルにあったメモを手に取り書き込んでいく。



「ゼルナ様に……このメモを渡して下さいませんか?」


「はい、勿論ですわ」


「ありがとうございます!」


「ウェンディ様、ゆっくりとお休み下さいませ」


「はい、おやすみなさい」



パタン、とドアが閉じた。


どうするべきか迷ったが、一歩前に進んでみようと決めたのは良かったものの……やはり慣れない事をしたせいか「どうしよう」という気持ちが湧き上がってくる。


もしゼルナから煩わしいと思われたら?

仕事の邪魔をしてしまったら?


そんな思考が頭を過ったが、すぐに首を横に振った。


(大丈夫……ゼルナ様なら笑って受け取ってくれるわ)


フレデリックの婚約者だった時にはいつも不安で、顔色を窺って、焦っていた。

ゼルナと結婚してから、押し込み続けたものを少しずつではあるが出せるようになっていった。

それは間違いなく彼のお陰だろう。


共にいる安心感や相手に想われる気持ち……互いに思い遣る事がこんなにも心地良いのだと、ゼルナと一緒にいる事で知ることが出来た。


それはフレデリックと結婚していたら、永遠に得られなかったものだろう。


(こんなに幸せでいいのかしら……)


悲しみのどん底から、嘘みたいに幸せな日々。


最初はゼルナにも受け入れられずに、初めての事ばかりで挫けそうだった……どうなるかと心配な毎日を過ごしていたが、こうして良い関係を築くことが出来て嬉しく思う。


広いベッドに潜り込んで丸くなりながら、今日の事を思い返していた。


(マッサージも、お風呂もとても気持ちよかった……こんなに幸せでいいのかな)


でもこうして一歩を踏み出した事で少しずつ少しずつ、目に見えない何かが変わっていった。


母に沢山いい報告が出来そうだと考えていると、どんどんと瞼が落ちて行く。

いつもとは違う場所で、また新しい生活が始まることに不安半分、期待半分で眠りについた。



ーーー隙間から光が漏れた。



その後、小さくパタンと扉が閉まる。


赤い絨毯を歩いて、ある部屋に向かう。

そこに握られているのは先程のメモ用紙だった。



「坊ちゃん、ウェンディ様はお眠りになられたようです」


「ありがとう……ウェンディの前で坊ちゃんはやめてくれよ?」


「フフッ、分かっておりますよ。それにしても、わたしはゼルナ様があのような馬鹿げた手紙を送って婚約者を探していた時には心配で心配で夜も眠れませんでした!ですが、いい関係を築けているようで安心ですわ」


「返す言葉もないよ……」


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