第36話
温かい体温に目を見開いた。
抱きしめられたと気付いて反射的に離れようとするが背に腕を回して離れる事は出来なかった。
「あの、ゼルナ様……!?」
「…………ウェンディ」
彼の顔が直ぐ横にあることに気付いて、頬が赤くなるのを感じていた。
戸惑いながらもゼルナの服を掴んで合図を送りながら「もう大丈夫ですから」そう言おうとした時だった。
「ごめんね、ウェンディ……!僕、何も気付かなくて」
「…………え?」
「今日は僕が全部やるから、ウェンディは休んでいて!!」
「あ、あの……っ」
「さぁ、部屋に行こう。今日はゆっくりと休んだ方がいい」
「ゼルナ様、私は……!」
「最近、僕はウェンディに頼りすぎていたのかもしれない!今日はウェンディがゆっくり休む日にしよう?」
「……!?」
「ウェンディは、いつも頑張ってくれるから甘え過ぎちゃったかもしれないね……気付くのが遅くなって本当にごめん」
「!!」
「部屋に行こう。顔色も悪いし……疲れてるんだよ」
「ゼルナ様、私……本当に大丈夫ですから!」
「ウェンディが心配なんだ……ちょっとごめんね」
「ーーひゃっ!?」
突然、ゼルナに軽々と抱え上げられて声を上げた。
お姫様抱っこをされながら廊下を運ばれていく。
余りの居た堪れなさと恥ずかしさに顔を覆い隠して無意識に足を動かしていた。
「……ウェンディ!足をバタバタしたら運びにくいよ」
「自分で歩けますから!重いですっ、離して下さいッ」
「重い……?もう少しご飯を食べた方がいいよ。軽過ぎる」
「ッ!?」
顔が真っ赤になっているのを更に具合が悪くなったと勘違いしたゼルナによって部屋に運ばれていく。
珍しく強引なゼルナに驚いてしまう。
ゆっくりとベッドに下ろされた後に「少し待ってて」と言われて、そのまま部屋で待っていると……。
「ご飯を作ってきたんだけど、食べられそう?」
「……そ、そんな!ゼルナ様の手を煩わせてしまうなんて」
「いいから!今日は僕に甘えてよ」
「でも……」
ベッドに横になりながら手をブンブンと横に振っているのだが、話を聞いているのかいないのか、椅子を引き寄せて座ると、サイドテーブルに料理を置いたゼルナはフーフーとご飯を冷ましている。
「ほら、あーんして」
「ゼ、ゼルナ様ッ!?」
伸ばされた手……顔を真っ赤にしているがスプーンで唇を突かれて、渋々口を開けると、温かい料理が口の中で溶けていく。
「どうかな……?口に合う?」
「とても、美味しいです……」
「良かった」
パッと雰囲気が明るくなり、嬉しそうなゼルナに断る事が出来ずに次々に運ばれてくるスプーンを受け入れていた。
空っぽになった器を置いたゼルナの手が伸びて、頭を撫でられた事に呆然としていると……。
「ウェンディ…………あのさ」
「……は、はい!」
「偶にはいいんじゃないかな?甘えても」
「あま、える……?」
「ウェンディは頑張り屋で努力家だけど、全然甘えてくれないから少し寂しいよ」
「……!?」
「確かに僕は頼りないかもしれないけど、ウェンディだけが我慢をして辛い思いをするなんて耐えられないよ」
ゼルナはどこか悲しそうに微笑んでいる。
(甘えていい……こんな事、初めて言われた)
いつからか我慢する事が当たり前になっていた。
姉の我儘も父への不満もそうだ。
ずっとニルセーナ伯爵夫人に合わせて耐え続けていた。
フレデリックに対してもそうだ。
一方通行の愛情にいつも不安を感じていた。
だから更に頑張ろうと、伯爵家に相応しい自分になろうと必死だったけど、本当は……。
(辛くない、大丈夫だって思ってた……)
あんな事があったって、唯一気持ちを吐き出せたのは母の前だけだった。
誰かに甘えるなんて、考えた事もなかった。
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