第21話 フレデリックside②


それからは良く覚えていない。

必死に謝ってもウェンディは何も答えてくれなかった。


彼女は涙を流す事もなく、此方を冷めた目で見下しながら「この事は……お父様に報告させていただきます」と言って去ってしまった。


泣きながら怒鳴られると思っていた。

ジャネットと揉み合うと思っていた。

裏切り者と罵られるだろうと……そう思っていたのに。


自分でもおかしいと分かっていたが、ウェンディの態度に怒りを感じていた。


(俺への気持ちは……こんなものだったのか?こんなに長い間、一緒に居たのに……!あんなに好きだと言っていたのに)


腹の中に燻るこの気持ちはなんだろうと、思ったところで大きな喪失感は消えなかった。


動けずにいるとジャネットが嬉しそうに此方に擦り寄っていた。

先程とは違ってクリアになる視界……濃厚な薔薇の香りに吐き気を覚えた。


邸に帰り、事情を説明すると父には「伯爵家を継ぐ自覚が足りない」「恥を晒す気か」「なんて説明するんだ」と叱られはしたが、母は特に何も言う事はなかった。


それに母は、どちらかといえば華やかな容姿であるジャネットの方が好ましいからと嬉しそうに答えた。

ウェンディの魅力を隠していたのは自分だ……けれど何も言えなかった。


デイナント子爵も大きな騒ぎになる事だけは避けたいと言った。

ウェンディが婚約者ではなくなったが、同じ家で姉妹であるジャネットが婚約者になれば特に影響もなく問題はないだろうと……。


そして、静かにウェンディとの婚約は破棄された。

本当に呆気なく終わってしまったのだ。


そして、ジャネットが新しい婚約者となった。


社交界では"フレデリックとジャネットは真実の愛で結ばれた"

"二人は愛し合っていたが、ずっと妹のウェンディが邪魔をしていた"

"ウェンディだけがフレデリックが好きで愛されていなかった"との噂がどこかから流れていた。


友人が面白おかしくその事を聞いてきたが、自分のプライドを守る為と本当は自分が悪い事がバレる事が怖くて「……まぁね」と返事を濁して、ウェンディを守ることをしなかった。


(ウェンディは、俺が好きだと言いながら引き止めも縋りつきもしなかった……)


此方に泣きついてでもいればウェンディを守ろうという気持ちになっていたかもしれないが、彼女の態度を見れば致し方ないのだと言い聞かせていた。



あの日から、ウェンディと話していない。



時間と共に迫り来る罪悪感……けれど、何も見えないふりをしていた。

彼女に責任転嫁して自分は悪くないと逃げていた。


ウェンディが何も言わなかったこともあり、いつもの毎日が戻ってきた事にホッとしていた。


ジャネットと共に伯爵邸に赴いて、顔合わせと説明を受けていた。

しかし彼女は相槌を打つ事もなく、欠伸をしたり退屈そうにしていた。


母は自分の話に夢中になって気づいていない事が幸いだろうか。

父はジャネットの態度に眉を寄せていた。


数日間の滞在の後、ジャネットは不満そうに帰っていったが、漠然とした不安を感じていた。


(ウェンディと全然違う……!)


ウェンディならば母の話をいつまでも、笑顔で聞いてくれていた。

父もウェンディならば安心してニルセーナ伯爵家を任せられるといった事もある程、彼女を気に入っていた事を今更ながら思い出したのだ。


けれどジャネットに対しては厳しい態度を見せた。

結局、彼女が目を輝かせるのはパーティーや新しいドレスの話だけだった。


(俺は、ジャネットと上手くやっていけるのだろうか……)


帰りの馬車に揺られながらそんな事を考えていた。


そしてその日から数日後、ウェンディはマルカン辺境伯のゼルナの元に嫁いだ事を知って驚愕したのだった。



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