第18話 ジャネットside⑥
すると父は気まずそうに視線を逸らしながら一言呟いた。
「……ウェンディはマルカン領へと向かった」
「ーーはぁ!?どういう事!?」
「ゼルナ・マルカンの結婚の申し出を受けて、今日屋敷に迎えが来たんだ」
「ゼルナ・マルカン!?結婚……!?何よそれ」
まさに寝耳に水であった。
なんと自分の知らない所でウェンディは次の相手を見つけて、さっさと嫁いで行ったというのだ。
「……っ、信じられない!どうして……どうしてわたくしに黙っていたのよ!?」
「…………口止めを、されていたんだ」
「またお母様でしょう!?チッ……本当に腹立つ!わたくしに内緒で勝手に話を進めるなんて」
「お前に言う必要があったか……?」
「あるでしょう!?」
「……妹の婚約者を寝取ったお前にか?」
そう言われて父をギロリと睨みつけた。
自分の家を守る為にウェンディを犠牲にした事を棚に上げて此方を責めているように感じたからだ。
そして直さま、反論する為に口を開く。
「何よ……ッ!お父様だって人の事言えないじゃない!いつも愛人の所に逃げているくせに……ッ」
「……あぁ、そうだな」
「偉そうに人の事を説教できる立場じゃないでしょう!?」
「…………」
フンッと鼻息荒く言えば、いつもなら怒鳴り声を上げそうなものだが、父は何も言う事なく此方をじっと見ていた。
「な、何よ……!」
「……お前は、ウェンディのようにはなれないだろうな」
「はぁ……!?どうして、わたくしがあんな子になる訳!?ウェンディのようになりたいなんて思った事ないわ!!有り得ないでしょう?」
「……こんなに自分が許せないと思った事はない。あの子は一生、私を許さないだろうな」
「は………?」
「それなのにウェンディは文句一つ言わずに嫁いで行った。あんな状態になっても家の事を考えて……」
「お父様、なんか変よ……?どうしちゃったのよ」
「………」
「ちょっと、まだ話は終わってないでしょう!?」
そのまま父は夕食を残して席を立ってしまった。
弟は食事を終えたのか「お母様のところに行く」と言って此方を見向きもせずに走って行った。
ウェンディには懐いているくせに、此方には絶対に近付いて来ないのだ。
そんな弟を見る目がない、可愛くないと思っていた。
一人で食卓に取り残されて唖然としていた。
今、苛立ちを感じているのは弟に対してではない……ウェンディだ。
(ウェンディが、嫁いで行った……?わたくしより先に!?)
最悪な気分だった。
此方がフレデリックと結婚する前に、嫁いで行ったというのだろうか。
(しかも、婚約じゃなくて結婚……!?何よそれ)
一体、何の嫌がらせだろうか。
腹が立って仕方がなかった。
いつも一歩先に行くウェンディに置いてかれたような気分になるからだ。
(普通、婚約者を取られたら、もっと動揺して悲しむはずでしょう!?立ち直れないんじゃないの……!?何で平然としていられるのよッ)
何よりも大してダメージを受けていないウェンディの反応が気に入らないのだ。
そしてフレデリックと一緒に居る姿を見せる事も殆ど出来ないまま、さっさと辺境の地へと行ってしまった。
フレデリック一筋だったウェンディに深い仲の令息なんて居なかった筈だ。
(信じられない……!フレデリックはどうでもいいの!?)
それに表向きは傷物であるはずのウェンディを、あっさりと受け入れたマルカン辺境伯やゼルナに対しても信じられない気持ちで一杯だった。
何よりあの真っ黒な封筒を手に取ったとは思えなかった。
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