異世界担当を呼べ! その3
「魔王を呼べ!」
『前』勇者が叫んだ。
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「どうしました? こんどはなんて言って呼びつけるんですか?」
「あいつちょっとフザケてるよ。再来週の決戦を延期したいとか言ってきやがったんだぞ?」
「まあ『決戦』って言ってもツキイチですから、他にも色々な用事と重なることはあるでしょう?」
「そりゃそうだけどさ、家族旅行があるから決戦に参加できないとか、ちょっと俺のこと舐めてねぇ?」
「勇者様は独身ですからピンと来ないんだと思いますけど、魔王は妻子持ちですからね。普通に奥様のご予定が最優先でしょう」
「はあっ? なにそれ? じゃあアレか、魔王は俺の機嫌を損なうよりも奥さんの機嫌を損なう方が怖いって言うのか?」
「当然でしょう? 常識で考えて下さいよ」
「なんでだよ!?」
「奥様と険悪になったら、日常生活に支障を来すからに決まってるじゃ無いですか。日々、ギスギスした視線を浴びたり、ちょっとした仕草に嫌みを言われたり、何年も前の喧嘩や失敗のことを急に思い出したかのように口にされたりするんですよ? 鬱陶しくてやってられなくなりますよ」
「なんか急に、生々しい具体例が列挙されたんだけど?」
「とにかく。魔王が奥様との関係維持にステータスを全振りするのは、日々の生活を維持する上からも必然って事です!」
「いや違うだろ、それこそ俺の機嫌を損ねると魔王の存在価値なんて崩壊するんだぞ? 生活もへったくれもあるか!」
「...えっと、いいですか?」
「なんだよ?」
「仮に勇者様が魔王との裏取引を破棄して、全面対決に至ったとします。勇者様はどうしますか?」
「んなもん、魔王軍をぶっ潰すに決まってるだろ?」
「その後は?」
「はあ?」
「勝てるかどうかは別ですが、仮に勝ったとして、その後は?」
「仮にって、お前なあ」
「まあとにかく、その後はどうしますか?」
「別に魔王のいない世界でのんびり暮らせばいいじゃねえか」
「誰のお金で?」
「どういう意味だよ?」
「勇者様の贅沢三昧の生活費は誰が出すのかって意味です。もう魔王のいない世界ですよ? 魔王を抑えるために勇者が必要だったのは過去の事です。もう勇者がいなくても商業ギルドも、国軍も、困らないんです」
「えっ...?」
「商業ギルドも勇者様のスポンサーやってる意味なんか無いですよ?」
「な、なんでだよ...」
「魔王のいない世界で、勇者様が果たすお役目は?」
「お、俺も国軍の指揮があるし、商業ギルドだって、兵站とかの役目があるだろ?」
「へ・い・た・ん! そもそも戦闘が起きて無いのに、どこになにを補給して、誰を指揮するんですか?」
「あ、いや...」
「そんな世界で勇者、いえ、この際『元勇者』に、誰が贅沢三昧させてくれるって言うんです?」
「そ、それは、王様とかが、俺への恩義で...」
「何十歳も年下の勇者様に家来みたいに顎で使われてる王様が、そんな恩義を感じてくれてると思いますか?」
「いや、それは...その、世界を救った貢献とか...」
「どう救ったか説明できます? いま現在、魔王がいても社会は普通に営まれてるんですよ?」
「えっ...そんな....魔王がいてもいなくても、世の中は変わらないのか?」
「変わらないって事は無いですよ。影響ある人は多いですから」
「なら...」
「ですけど、庶民の生活って言えばなにも変わらないでしょう。むしろ、いなくなった後の方が色々と混乱して大変なんじゃ無いですか?」
「影響あるのは誰、とか?」
「いの一番に、勇者様じゃ無いですか? 勇者様ご自身の存在価値を担保してるのが魔王の存在なんですから」
「じゃあ、俺は魔王がいなくなると生活出来ないのか?!」
「そうですよ? マジで気づいてなかったんですね?」
「だ、だけど...魔王だって俺に殺されたくは無いだろっ!」
「殺されるわけ無いじゃないですか? 実力的に魔王が勝つ云々は別としても、もし全面対決になったら、たぶん魔王軍は解散してそこで終わりですよ」
「解散って、じゃあ魔王軍の兵士や魔物たちはどうなるんだよ?」
「以前のように、街道やダンジョンで人々を襲って暮らすでしょうね。冒険者たちが、それを討伐してっていう古い時代の暮らしに逆戻りです」
「やっぱ民衆も困るじゃねえか!」
「いまでも冒険者に高い護衛料を払ってるんだから変わりませんよ」
「現実に危険が増えるだろ!」
「魔族に襲われるとか?」
「そうだよ!」
「いまだって、時々襲わせてるでしょう?」
「あれはリアリティの演出じゃん!」
「冒険者と魔王軍配下の魔族たちの馴れ合いが本気の戦闘に戻りますからね、冒険者ギルドは大ダメージですけど、民衆にとっては同じ事です。それに商業ギルドも上納金、もとい加盟店からの年会費収入が減ってかなり困るでしょうから、勇者様のスポンサーなんてやってられません」
「そ、そうなのか...」
「逆に魔王自身はすでにしこたま個人資産を貯め込んでいるんで、明日から隠居したって悠々自適の生活ですよ。風の噂によると、魔王資産の投資ポートフォリオは平均利回り9.3%で運用されてるそうですからね」
「どんな風の噂だよそれ!!!」
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「ギルド長さんを呼んで頂きたいんですけど、いらっしゃいますか?」
「はい。失礼ですがどちら様でしょうか?」
「えっと...その説明しにくいんですけど、僕は勇者なんです」
「は?」
「いや、頭がおかしいとか、馬鹿言ってるみたいに思いますよね! でも本当なんです。女神様から一応、疑われた時は証拠に出しなさいと、この宝珠も預かってます」
「そ、その、か、輝きはまさしく女神様の宝珠!」
「あ、やっぱり分かります? なんだか女神様は、この世界の人たちなら一目見れば分かるからって言ってたんですよねー。本当だったんだ!」
「はははっー、これは失礼をいたしました勇者様。すぐにギルド長を呼んで参りますので、いましばらくお待ちくださいませー!」
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「ぎ、ギルド長、表に勇者様がいらして...ギルド長を呼んでます」
「ハア? なに寝ぼけたこと言ってんだ。冒険者ギルドに勇者が来るわけねえだろうが。商業ギルドが言い顔しねえ事は、あのヘタレ小僧だって分かってるぞ」
「そ、それが、あのガキ、もとい勇者様とは違う別の勇者らしく」
「ああ? なんだそりゃ? 意味が分からねえ」
「しかし、女神様から授かった宝珠を額から出して見せたそうですので、本物の勇者に間違いないかと思います」
「...おう、補佐長よ」
「はい」
「メッチャ悪い予感がするんだけど、居留守使ってもいいかな?」
「もう、いるって言っちゃったそうですよ、駄目ですよ」
「ったくー、使えねえな!」
「こんなこと予想してる受付がいたら、そっちの方が変でしょ?」
「まあ、そりゃそうだけどよ...どうすっかな」
「いや、とにかく応対するしか無いでしょう。扱いを間違えると大変なことになりますよ?」
「まあ、その新しい勇者か? そいつが、いま俺たちが回してる仕掛けを、どのくらい知ってるかだな」
「ですね。新勇者が降臨してきたって事は、女神様がこれまでの勇者に見切りを付けたってことだと考えていいでしょうから」
「だよなあ...」
「今度の勇者も上手く取り込めればいいですけど、下手を打つと『人間社会への裏切り者』とか指差されて、粛正の対象になる可能性だってありますからね!」
「あー、もしも新勇者がマジメ君だとやりづれえよな...」
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